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2005年11月24日 (木)

先日行われた東京国際マラソン

 知人からの頂きメールです。感動したので、掲載することにしました。皆さんも夢を持って頑張りましょう!

 高橋尚子さんの復活!! マラソンのレース中も、高橋尚子さんの人間性を増田明美さん(元マラソン選手)も熱く語っていました。感謝の気持ちを常に忘れない。今ある壁に向き合って、前へ進んでいくことを忘れない。本当に苦しい2年間を乗り越えての優勝に、心から「おめでとう」言いたくなるレースで号泣・感動の嵐でした!! そして、夢を持つことを熱く熱くスピーチされていました。

抜粋抜粋でつなぎあわせたのですが、高橋尚子さんの優勝スピーチを是非!!   

高橋尚子さんより
 『スタンド、沿道で途切れることなく応援してくれた皆さんに支えられて、止まっていた時間を進めることができました。心から42・195キロを楽しめました。この2年間、苦しいことも多かった。走ることができなかった。でもそれ以上にみんなの温かさを感じた貴重な2年間でした。もう1段上るための大きなステップになったと思います。」

 レースの9日前、右ふくらはぎなど3カ所に軽い肉離れを起こした。ドクターストップがかかった。先週は長い距離を1本も走れなかった。しかし、チームQのメンバーと相談して出場を決断した。もともと「未知の世界への挑戦」と決意して臨むレース。少々の痛みであきらめるわけにはいかなかった。患部に肌色のテーピングをして、再起のスタート地点に立った。

 高橋尚子さんより
 『序盤がスローペースで、何度も飛び出したいと思ったけど我慢しました。2年前のこともあるし、慎重に、落ち着いて、浮足立つことのないようにしました。タイムより勝負。痛みがないといえばうそになる。ずっと「最後まで脚がもってね」と祈って走っていました。』

 42・195キロにはこの2年間に苦闘の日々が凝縮されていた。五輪落選で目標を失った。アテネ五輪が開催された昨年8月には引退も考えたという。転機になったのは、もう最後と決めて訪れた米マウンテンパークでの高地合宿。恩師の小出義雄氏と何度も行った標高3500メートルでの過酷な練習が、マラソンへの熱情を思い出させてくれた。

 昨年9月末に米国合宿中に右足首を骨折。今年8月の世界選手権出場の目標も消えた。今春に小出氏から独立。チームQを結成して再起に懸けた。しかし、調子はなかなか上向かなかった。9月の2回のハーフマラソンではスピード不足を痛感した。それでもあきらめなかった。復帰レースの舞台に屈辱の東京を選んだ。そこに復活へかける決意が込められていた。

 高橋尚子さんより
 『ここに帰ってきて良かった。オセロでいえば、黒いところをすべて白に替えることができた。若いチームで手探り状態だったけど、全力でやってきた。形が残せてうれしい。この東京がスタートです。』

 健在ぶりを示し、目標の08年北京五輪へ大きな1歩を踏み出した。「3年後の大きな試合を頭に入れて頑張って行きます」。日本のマラソン界に力強いQちゃんスマイルが帰ってきた。
 優勝テープを切った後、高橋選手は「夢を持ち続けて頑張れば、暗闇の道にも光が差してくることをみなさんに伝えたかった」と笑顔で話していました。

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