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2011年10月31日 (月)

あさひかわの教科書がない

 最近地元で少し年下の話を聞くと、旭川市内の知識が少ない人が多い。
 なぜかなと思ったら、学校で習っていないと言う。
 私は小学生の頃、「あさひかわ」という教科書があって、地元の産業や地理、歴史を習いました。次の年は北海道の教科書で北海道の事を習いました。今の小学校では習わないんですね。
 それに本州の友達に聞いても、地元の事を教科書を使ってまでは習わないと言われた。

 なんかこれって私は残念な気がするんですよね。なんで地元の知識を身につけさせないんだろうって思う。何人かの意見を聞いたけど、どうでもいいという意見が多かった。でもなんとなく寂しいです。

 学校で習う勉強ってなんなんだろうって思うことが多い。実践的なことが少ないような気がする。社会の公民にしても、教科書を見てみると難しく書いてある。大人になった私が教科書の説明は難しいと感じている。またその知識で最新のニュース見たり、新聞読んでも意味わからないだろうなって思う。
 英語にしても、中学校と高校、それから大学に行く人もいるけど、これだけ勉強して英会話が出来るようになる人はその割りに多くなく、私の周りで話せる人は英会話教室や教材などを買って勉強している人が多い。私も自慢出来ないけど話せないですもん。単純に考えて、自分の子供でも6歳になると、充分会話が出来る。しかし、学校で6年も学んで、しっかり会話が出来るようにはなっていない。周りが日本語ばかりという環境が大きいと思うが、ある時それにしても・・・と言う疑問を持ったことがあった。以前の会社でオーストラリアから来た兄弟会社の職員がいた。向こうは片言の日本語が話せ、私もそれ以上に片言な英語を使い、一泊二日で実家の旭川に連れて来た。その時に英語は名詞の後に動詞が来てというと、わからないと言う。和英辞典で教えると、こんな難しいことは大学の勉強だと言われた。今はどうなのかわからないけど、私たちの頃は中学校で英単語の品詞を書けという問題まであった。国語にしても10の品詞を覚えさせられた。今でも覚えているけど、そんなことはほとんど使わないし、普段の会話で意識もしない。

 私は仕事で解説をしたことがある。どうしても伝えたいことが多くて、初めの頃は話す内容を文章にして、それを覚えてやっていたが、みんな聞いてくれない。理由はプロがプロレベルの話をしても、面白くないのだ。小学生がわかるような内容だとみんなに理解してもらえるとアドバイスされたり、漫才や落語などを聞いて真面目な話だけではなく、メリハリも必要だと思った。言いたいことを一つか二つに絞り、それまでに耳をこちらに傾けてもらえるようにして、最後にこれだけはわかってくださいという感じで、伝えたいことを説明した。

 たくさんの知識をみんなに伝えたいと思う気持はわかるが、いくら頑張って話しても全部を理解させることなんか出来ない。教科書を作る人間のレベルで教科書を作ってもダメだと思う。正しいことをそのまま伝えても、興味を持ってもらえなかったら伝わらない。それよりも、簡単にわかりやすくとか、身近にあることからという方が良いと思う。

 北海道の放送局にいるベテランアナウンサーに教えてもらったことだけど、物事の知識より、世の中の仕組みを理解していないと伝わらないと言っていた。
 地元のことにしても、どうでもいいという人が多いけど、でも私は学校で教えるべきことだと感じている。それで、地方自治の仕組みを難しい言葉を使わずに、小学生でもわかるように教えてあげると、それが国政と言う規模に変わっても応用が出来ると思うし、地元の特徴や歴史、仕組みなどを理解することで、地元愛を持つ人も増えてくると思う。

 そうは言っても、私もまだまだ知らないことがたくさんあります。勉強しなきゃ!

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