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2011年12月31日 (土)

ありがとうございました

 今日で一年が終わりますね。
 今年もいろいろなことがありました。
 ニュースなどでも大きな報道や災害がありましたよね。まだまだ大変な思いをされている方も多いと思います。

 私事では毎年の事ですが、出会いや別れ、失ったものや得られたものがありました。
 大きく言えば「つまずいた一年」というイメージでした。苦しかったことが多かった。でも悪いことは思い出したくないし、もう前を向かないとダメだと思っています。
 助けてくれる人もいますしね。

 それからこのブログを復帰させたことも大きな出来事ですね。

 あとは長年乗った車を変えたこと。すごく淋しかったけど、新しい車は予想以上に良い車でもう家族の一員になった気持ちです。

 すべての出来事は「必要・必然・ベスト」だと考えて、今起きてることも自分には必要なことなんだと思って、乗り越えて行きたいと思います。

 今の自分には目標が必要なんだと思います。

 来年も走り過ぎないようにマイペースで行きたいと思います。
 今年お世話になった皆さん、本当にどうもありがとうございました。
 良い年を迎えて下さい。
 皆さんのお幸せをご祈念しております。

 感謝
 合掌

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2011年12月30日 (金)

一目会いたかった

 昨日新聞を見ていたら元職場の先輩の名前がお悔やみ欄に載っていた。
 もう20年近くも会っていなかった。
 何度か書いているが、若い頃の私はプライドの塊だった。仕事が上手く行って天狗になっていた。そんな中でねたみやひがみがあったが、何人かの先輩は応援してくれた。その中の一人が亡くなった。

 正確に言うと大きな会社を定年退職された後に、うちの職場に来た臨時職員だった。いろいろな人を見てきたと言うだけあって、人当たりが良く、癖のある人を上手になだめることが出来る人だった。私も尖っていた部分を何度削ってもらったことかわからない。

 職場では定期的に冊子を出していた。その編集もされていた人だったが、当時のその冊子は専門的過ぎて私たちには情報や知識を得られるものだったが、一般の人にはかなり難しい内容だった。そこで私も会社の許可をもらって、パソコンを使って一般向け広報誌を作った。その時にレイアウトなどの指導をしてくれたのが、その先輩だった。ただ適当に写真やイラストを貼れば良いと言うわけではなく、写真やイラストの向きにはうるさかった。また見開きを全体に考えながらレイアウトしろと言われた。文章は出来るだけ簡単に、小学校の高学年がわかるように作れば、大人も無理なく読みやすいと教えてもらった。この話が一番難しかった。どうしても多くの知識を伝えたいと思うので文章が長くなる。しかし、読み手の心理は・・・と言われた。

 また解説と言う仕事があり、人前での説明の仕方も指導された。最初の頃先輩の解説は正直レベルが低いと思っていたが、いざ自分がやってみるとお客さんが聞いてくれていない。これもたとえ相手が大人でも小学生がわかるように簡単な言葉を使えと言われた。

 前の職場を退職し、街を離れる時は淋しがってくれた。その後年に一度だけ年賀状で挨拶をしていた。今の職場でも先輩の教えが活かされて、解説の仕事をする時は専門用語をなるべく使わず、多くの事を伝えるのではなく、半分以上は冗談まじりの話をして、最後にひとつだけ言いたいことを説明すると言うパターンを作った。この解説をいつか先輩に見に来て欲しかった。
 また年賀状には「まっつくんの子供の顔が見たい」と毎年書かれていた。今年こそと毎年思っていたが、また行けなかったなぁと思い、一昨日年賀状を出したばかりだった。

 私の来年の目標、読んでもらえなかったんですね。
 悲しいけど、でもお世話になりました。いつまでも教えを忘れないでやっていきます。
 合掌。

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2011年12月29日 (木)

うつ病について

 もう20年以上も前のことだが、私の親友がうつ病になった。その頃は私は旭川を離れていた時で、友達は東京にいたはずだった。それがいきなり私の職場に現れた。久しぶりに会ったが、テンションが低い。昔のあいつではなかった。話を聞くと「うつ病」で帰ってきたと言う。当時はあまりよくわかっていなくて、話を聞く限り「気持ちの持ちようだ」と感じたものだった。

 しかし、ここ最近精神疾患が増えてきて、私の周りでも身近な人間がうつ病になっている。
 私も健康管理士になってからいろいろ調べてみたのですが、正確には脳の伝達物質が充分に伝わらないために起こると言うことで、単なる気分障害ではないと言うことなのだ。私の知っている人はもう9年近く闘病しているが、ひどくなると立ちくらみや真っ直ぐ歩けないくらいになるそうである。また記憶力が低下し、電話などで聞いた言伝もメモしないとすぐに思い出せなくなったり、判断力が低下し、簡単な選択肢でもプチパニックになって、判断するのに少し時間がかかったりするとのことだ。

 うつ病とは明らかに身体に異常をきたす病気で、単なる気持ちを変えるだけで治ると言うものではない病気だ。
 何人かの人が共通に言っているのが、うつ病と聞くと精神的な疾患だと間違われているという。中には自分の方が苦労しているのに、それくらいで病気になるのは弱いからだと言われたことがあるという。

 病気はなった本人でないとわからない。立場も違うし、考え方も違う。痛みに強いとか、気が弱いとかいろいろある。だからこそ自分の基準で物を考えてはいけないのだ。話を聞くと「その程度で・・・」と思うことがあるかも知れないが、当人にとっては重要なことだったり、出来ないことなのだ。

 病気はなりたくてなっている人はいないと思う。
 しかし、精神疾患と呼ばれるものは、周りで考えているイメージと病人の症状や思いがずいぶん違う。もう少し正確な情報が広まって、世の中に理解してもらえるように、私からも微力ながら発信していきたいと思う。

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2011年12月28日 (水)

旭川神社

 昨日、いつも聴いている旭川のコミュニティーFM「FMりべーる りべーるスクエア・リターンズ」の中継があった。
 この番組については10月21日に一度書いている。

 中継先はうちに近い旭川神社だった。速攻で車に乗り、雪道なのにぶっ飛ばしました。中継が終わって、番組も終わり、少ししたらレポートしていたのぞみ様が現れました。思わず声をかけて写メ撮らせていただきました。優しくお声をかけていただいたが、オーラがあった。

 この旭川神社は毎年初詣に行っている神社で、子供の頃から馴染みのある神社である。小さい頃は神社の周りで探検ごっこをしたりした。大人になってからも厄払いしてもらったこともある。
 子供の頃は大晦日に紅白歌合戦を見て、みんなが歌い終わったら車に乗って勝敗は車で聞くようにして、初詣に向かった。今では翌朝に出かけている。寒い年もあれば、雪降りの年もある。たいてい、誰か知り合いに会うもので、何年ぶりかで会って、メアド交換したりしたこともあった。
 ここのおみくじは私には良いことも悪いことも凄く当たる。一年間財布に入れて、お守りのようにしている。
 今でも神頼みしたい時は一人で行きます。

 神社近くにはかなり古い大木のハルニレがあり、母校の旭川中学校がある。その近くにある公園は子供の頃は母校の旭川小学校があった場所である。一年生の時だけ通って、二年生から今ある新しい校舎に移った。

 この旭川神社周辺は思い出が多い場所です。

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2011年12月27日 (火)

クリスマスが終わったので

 昔の思い出をぶーたれてみたいと思います。
 前の会社の係長はみょうなところで文句を言う。
 横文字の言葉が多いだの、商品名を使うなだの、うるさい。
 例えばセロテープと言うと怒られる。
 そんなもの、わかれば良いじゃないかと思う。
 でも世の中には商品名の方が有名になって、知らず知らずのうちに使っているものが多い。
 一度いたずら好きの同僚が罠にはめて「係長だって使っているでしょう」と言ってからは静かになった。

 クリスマスもそうだった。
 宗教的なことだの、日本の文化にはないだの・・・。毎年同じことを言う。
 最初の頃は先輩だし上司なので、うんうんと聞いていたが、ある年に前もって休みを取った。周りからはクリスマスデートかと言われ、面倒なので「そうだそうだ」と言ったら、また始まった。
 そこで「そういえば係長のご実家は大阪ですが、お墓参りはどうされているんですか?」と聞いたら、行ってないとのことで、それからみんなの猛攻を受けていた。クリスマスの文句言う前に、墓参りぐらいしてから物を言えだって。そりゃそうだと思う。

 「仕掛ける」という言葉があるが、本来は違う目的のものを別な見方から発想を切り替えて、そこに巨大な経済を発生させていることだってある。その根本の意味をわかっている人にはズレたことだと思うかも知れないが、いちいち学校で教育するわけでもないし、若い頃からそういうものだと思って育った人だって多いと思う。その人が次の世代を育てる。やがてそれが世の中の常識になるものだ。

 クリスマスやバレンタインデーなどをきっかけにして、家族の絆を深めたり、好きな人にアプローチしたり、上手に使うというか、考えればいいと思う。

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2011年12月26日 (月)

有馬記念

 オルフェーヴル強かったですね。お見事でした。ブエナビスタのパドックは重いような気がしました。
 馬券はしばらく買っていないけど、競馬は昔から好きなんですよね。
 オグリキャップの全盛期ぐらいから見ているかな。途中見てない時期があったけど、ここ数年また見出しました。

 ギャンブルと言う感覚はあまりなくて、馬や騎手を応援すると言う感じです。始めた頃は競馬新聞読んで予想して馬券を買いました。私の買い方は単勝、複勝という買い方をします。連はあまり買いません。
 最初は競馬に勝ちたいと思っていろいろ情報を集めたけど、結局は普通に考えたら競馬新聞や予想通りの買い方になる。しかし予想にも穴があって、展開を考えた時に「どうしてこの馬が人気がないんだろう」と思って、コースや距離、タイム、斤量で過去の記録を調べたりして、馬券を買っていました。一度7頭立ての7番人気の馬を当てたことがあった。
 一日のうち勝負レースを決めて、狙った馬の複勝が150円以上になるものを選び、単勝2000円、複勝8000円で買っていました。複勝をはずすことはほとんどなかったです。だからバカ負けもしないかわり、バカ勝ちもしませんでした。一発当てようという思いはなくて、好きな馬に対するご祝儀馬券みたいな感覚ですかね。

 オグリキャップが好きで、引退レースは馬券買いました。絶対勝つと思っていました。でも馬券が当たった嬉しさよりも、オグリキャップが勝てたことが嬉しくて涙が出てきました。嫁さんの実家がオグリキャップがいる牧場から車で5分ぐらいのところで、また他にも有名な馬がたくさんいるので、出かけて行っては馬を見ていました。
 穏やかに過ごしている馬を見ていて感じたことなんですけど、こうしていられるのはごく一部の成績を残した馬で、そこまでに行かない馬は違う運命になる。そんなことを考えると、一時期競馬を見るのが嫌になった時期があった。

 人間と同じで、馬も100頭いれば100の物語がある。生産者から調教師さん、馬主さんなど、どの人と巡り会うかで運命が変わると思う。1頭の馬に係わる人たちも、たくさんの労力や希望、夢を込めている。昔の職場の近くにあった喫茶店のオーナーの馬にライスシャワーという馬がいて、彼が走るときは私もご祝儀馬券を買って応援していた。G1は菊花賞と春の天皇賞2回勝っている。しかし天皇賞を取った後の宝塚記念で転倒し、予後不良と診断され、その場で安楽死処分になった。
 テレビで見ていたけど、その時はよくわからなくて、後から安楽死になったと聞いて悲しかった。

 たとえ名前が有名ではなくても、大きな活躍をした馬でも、やはりドラマがある。
 その中で繁殖牝馬や種牡馬入り出来るのはごくごくごく一部である。
 牧場に行って馬を見ていると、複雑な気持ちになる。それでも馬が好きなんです。

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2011年12月25日 (日)

クリスマスの憂鬱

 子供の頃はそうでもなかったのですが、社会人になってから体質がずいぶん変わりました。
 昔食べれたのに今では食べられないものが出てきたんですよね。何が原因なのかがわからないんですけど、一度気管支炎で入院してからアルコールに対してアレルギー反応があると言われて、それから直接飲むことはもちろん、食品に混ざっていてもひどい時には病院に行かないといけないくらいになった。最近は解毒作用のあるサプリメントを携帯していて、「ヤバイ」と思ったら飲むことにしている。
 それと牛乳もダメになった。これはお腹が痛くなってトイレにこもる程度で、アルコールほどひどくはない。

 この二つがダメだと言うことは、この時期や誕生日などのケーキが食べられない。牛乳が使われていたり、洋酒が入っているとアウトなのだ。元々好きではないんだけど、家族はわかっているからいいけど、差し入れなどをもらうと申し訳なく思う。

 他にはアサリも好きだったけど、全身がかゆくなる。ワカメは受けつけなくなった。

 単なる好き嫌いで、無理したら食べれる程度であれば良いんだけど、相手に迷惑かけるほどなので外食や出来合いのものを食べるのが嫌なのだ。買ってきたものでも内容や成分表を見ます。元々間食はほとんどしないんですよね。お菓子とかも人から勧められて断わりにくい時に食べる程度です。

 それにしても付き合い程度でも食べれたいと思います。昔は嫌いでも付き合いで食べていたんですけどね。
 体質改善の方法調べてみようかな? 情報があれば教えてください。

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2011年12月24日 (土)

Happy Holidays!

 今夜はクリスマスイヴですね。
 なんかメリークリスマスというと、今日の日の入りから使う言葉だとか、12月に入ったら使ってもいいんだとか、その他もろもろこだわる人もいるようですよね。
 宗教的なことだとか、言い出せばいろいろあります。
 でも日本ではイベントごとと捉えている人が多いようです。私もそう思っていますしね。

 好きな人とデートしたり、プレゼント交換し合ったり。
 また子供はサンタさんからプレゼントをもらえるわけですよ。子供がおおやけにわがまま言えるのは誕生日とクリスマスぐらいですから、この時期だけは出来る限り甘えさせてあげたいと考えています。

 旭川では夜景が綺麗に見えるスポットがあるんですけど、今年は吹雪みたいですよ(笑)。
 それでもみんなそれぞれ良い思い出が出来るとお祈りしています。
 Happy Holidays!

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2011年12月23日 (金)

水道管の水が凍りました

 日付が変わったので昨日の朝ですけど、うちのところで-21.5℃でした。
 久しぶりに冷え込んだなぁ。車に乗ると寒くて寒くて・・・。パワーステアリングも鈍いし、室温もなかなか温まらない。
 でも朝から雪はねするよりはまだ良いと思う。
 
 で、帰ってくると、水道が出ない。全部ではないんだけど、一系統が凍ってしまった。
 洗濯機とトイレの手洗いの水道なんだけど、不便と言うよりそのままにしておくと水道管が破裂し、大変なことになるので、すぐに対処しなければいけない。4時間ぐらいドライヤーで暖めていたけど出ない。

 そこで友達の業者に頼みました。専門の業者に頼むと1万5千円ぐらいかかるんですよね。でも友達だからお金はいらないって言われた。後日何か持っていこうと思う。
 それにしても「餅は餅屋だ」と思った。プロの仕事です。見た瞬間、ここでしょうねと言って、やかんのお湯をかけたら一発でした。風の流れと配管の状況を見たらわかるんですって。
 専門職の人って深いですよね。恐れ入りました。

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2011年12月22日 (木)

ネットで買い物

 今年に入ってネットショッピングの機会がさらに増えました。
 自分でもアマゾンのネットショップを作って、そこから買い物をしています。
 特に本はネットで買うことが多いですね。

 利用してみて感じることは、とにかく種類が豊富だと言うことですね。中古でもいいと思ったものは、かなり選択肢が広がります。
 専門的な本もあるし、著者やジャンル、似たような内容や題名から探せたり、検索の仕方が便利ですね。慣れるまで大変かも知れませんが、探し方を覚えると世界が広がりますね。

 家族もCDやゲームをネットで買っています。

 いまのところ、トラブルもないし安いので便利だと思っています。
 自分のショップはとりあえずアマゾンの全てのカテゴリーを登録してみました。物がありすぎて見づらいので、今後改良していきたいのと、このブログからテーマごとのショップにしてリンクさせたいと思っています。もう少し待って下さい。
 中古も探せます。本とかだと物によっては1円からありますが、送料とかを考えると、逆に送料無料で買う方が有利な場合とか、上手な利用の仕方があるみたいですね。先日も定価で買うと3800円ぐらいの買い物だったのが、中古で送料無料で2000円でおつりが来ました。買ったものもきれいなものでしたよ。

 儲けについてはあまり期待していません。自分で買ってもポイントがつかないみたいですけどね。

 眺めるだけでも楽しいので、よろしければ遊びに来てください。
 また誰でも持てるみたいなので、皆さんもショップをお持ちになってはいかがでしょう? 

http://astore.amazon.co.jp/chiharu0327-22

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2011年12月21日 (水)

<橋下大阪市長>小沢元代表「古いもの壊して」 協力姿勢

毎日新聞 12月20日の記事です。

 就任あいさつのために上京中の橋下徹大阪市長は20日午前、国会内で与野党幹部と相次いで会談し、「大阪都構想」への協力を要請した。民主党の小沢一郎元代表は「古いものを壊してもらいたい。(地方自治法改正などの)基本法をまとめたものが必要だろう。協力したい」と述べ、橋下氏が求める法整備に前向きな意向を表明。会談には同党の原口一博元総務相も同席した。 (後記事略)

 橋下市長、頑張ってますよね。
 これはひよっとしたら世の中が変わるかもしれないと思います。

 それにしても市長選挙では敵対していた立場の政党が、握手するんですね。だって民主と自民が組んだんでしょう。それで負けた相手ですよね。
 確かに考え方が一致しているなら協力するべきだと思いますけど、大阪市長選からここ何日かの与野党の行動はわからないですよね。もう一度書きますが、橋下市長がやっていることを応援するのなら、協力しても良いと思うんですよ。
 でも、選挙では敵対して、さらには二大政党で敵対している両党が協力して、今度は・・・ってなると、そりゃぁ、信用されなくなるよなぁと思います。もしも橋下さんが負けていても、握手したんでしょうかね?

 それなら最初からみんなで協力し合ってやってくれればいいのにと思う。
 深いところまではわかりませんが、一体何を目的に、何を基本としてやっているのだろうか?

 個人的には橋下市長の動向に注目しています。

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2011年12月20日 (火)

100円? いらない。

 先日知り合いが勤めている薬局に行ってきた。
 顔を見に行っただけなんだけど、店を見ていると欲しいものが出てくるもので、いくつか手に取って買うことにした。
 レジに並んでいると前に年齢が私と同じぐらいの女性が子供を連れていた。その人がお金を払う時に財布からお金を落とした。店員さんは探していたけど、「100円でしょう? いらないわ」と言った。結局は店員さんが見つけて綺麗に拭いて返していた。
 そういえば子供の頃、同級生が一円玉を落として「一円だからいいや」と言って拾わなかったことがある。

 その女性が働いているのかどうかはわからないけど、それにしても残念な気持ちになった。見つけたらそこに置いてある寄付の箱に入れておいてというのならともかく、お金を大切にしないのかなと思う。ましてや子供の前でそんなことは教育上良くないと思う。

 うちの子供の同級生はうちに遊びに来ると、子供同士の会話で2000円程度を安いと言っている。バイトもしていないのに、2000円を手に入れるために、どれだけの事をしなければいけないのかわかっているのだろうか?

 必要なものには惜しみなく使っても良いと思う。お金は生き金を使えと言うが、無駄なものや死に金は使ってはいけないと考えている。さらにお金や食べ物は無駄にしてはいけないと思う。

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2011年12月19日 (月)

保険

 最近、保険を見直さないかという話が来ている。
 そこでよくよく証書を読んでみた。
 一番最初に入ったきっかけは、知り合いがセールスレディーを始めたのでと言うことだったが、こちらの希望通りの保険だった。その後、彼女は辞めて、新しい担当者が来て見直しをした。今までの条件をそのままにして、新たに発売になったオプションをつけるということだった・・・はずだった。
 しかし証書を見てみると、払い込み終了が80歳になっている。そんな契約をした覚えはない。前の契約では定年の年齢で払い込みが終わることにしていたはずだ。でも現実には書いているし、確認しなかった私のミスだ。全て任せていたので、特に問題があるとは思っていなかった。
 ただこのようなことは保険業法300条「必ず重要事項を説明すること」に違反していると思う。

 契約後に「一応これを読んでいおいてください」と渡された書類は細かい字がぎっしりあり、新しいセールスレディーに言うと、「そうですよね。こんなの読めないですよね」と言われた。セールスレディーがこんなことを言っても良いのかと思いました。パンフレットには図やイラストが使われているのに、肝心なものはややこしい。

 前回の書き換えでも払い込みが値上がりしているし、今回も値上がりすると言う。そこで少し調べてみた。支払う金額は上がるけど、予定利率というのは下がってきていると言うことだ。と言うことは書き換えると損をすることになる。
 しかし、それ以上にこの会社が信用できなくなってしまった。
 別な保険見つけてゆくゆくは解約しようと思っている。
 保険は家の次に高い買い物なので、もっと勉強するべきだった。

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2011年12月18日 (日)

許せない先生

 今日は私らしくない一面の話ですけど・・・。

 私はあまり人を嫌うタイプじゃないんだけど、小学校の頃の担任は許せない。
 いい年になっても、未だに思い出すと腹が立つ。あの頃はつらかった。その担任が先頭になって、私をバカにしてきたから、クラスの同級生もほとんど先生の言うことを真似した。何かあるとすぐ私のせいにした。やってもいないのに「顔に書いてある」とよく言われた。みんなを呼ぶ時は「君」や「さん」をつけるのに、私だけ名前を呼び捨てられた。
 そこまで嫌われるには私にも問題があったんだろうと思う。
 でも参観日だけ教材を使って丁寧な言葉だったり、家庭訪問の時も全く違う顔をしていた。
 私の心の傷はまだ残っている。

 その先生が新聞に出ていた。定年後もいろいろと社会活動されているようだった。
 人間だから成長するとは思う。
 でも記事を見てすごいとか、応援したいとは思えなかった。逆にこの程度で新聞に出るんだと思った。
 テレビや新聞に出たから偉いわけではない。そんなことで人間の価値を決められるのなら、私だって偉い。

 その先生が私に言った言葉である。
 「人間の性分は一生変わらない」
 その教えが本当であれば、アンタだって変わってないんだろう?

 私は変われると思っている。ただ変わってないのは、あの頃の悔しさだけだ。

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2011年12月17日 (土)

社長と社員は違う

 今年の春から高校生の長男がバイトをしている。
 けっこうしっかりした仕事で、給料も多めだし、私なんかよりも使えるお金が多いので、大人買いしている。でも仕事は大変みたいだ。

 しかし息子に限らず、友達や同僚なども含め多く聞かれるのが社長の悪口だ。
 でも、私はあまり社長を悪く言ったことがない。立場が違うから、やることも違うし、役割も違いすぎる。そう思えるようになったのも、バイトなどでいろいろな社長や中間管理職の人と接する機会があって、社員と上司は違うんだって感じたからでもある。

 昔、バブルの時期に苫小牧に建設業をやっていた社長さんと仲良くしていたことがあった。仕事で知り合ったが、恐れ多いことに友達だと言ってくれて、家族ぐるみの付き合いをした。年収は億を超えるほどの人で、向こうからプライベートで遊びに来いと言われ、待ち合わせ場所は大きな料亭で、まさかと思ったが名前を見ると間違いないと思い、中に入るとメチャクチャ丁寧に「お話は伺っております」と言われ、個室に通された。店の中には池があり、錦鯉が泳いでいた。少し遅れて社長が来たら、女将さんが来て、私にも丁寧に挨拶をしてくれた。社長は一言「頼む」と言っただけだった。食事は豪華で美味しかった。

 そんな社長は週に4回はゴルフに行くということで、休日はほとんどゴルフだそうだ。毎晩のように飲みに行き、焼酎から高級ブランデーまでを使い分けると言う。しかしゴルフや飲みに行くことは遊びだけど本当は仕事だという。いわゆる接待なのだ。もしも今私が仕事頼むと言ったら、ここで全裸で踊ってもいいとさえ言っていた。それが社長の仕事なんだそうだ。仕事をもらうことと、社員を気持ちよく働いてもらえるようにすることばかり考えていると言う。

 私は社員の立場しか経験したことがなかったが、いろいろな立場の人と話してみると、知らなかったことや自分には真似できないと思うことが多い。
 社長は現場を知らないし、自分は現場の仕事が人よりも早く出来るからというだけで、勘違いしている人が多いと思う。いろいろな会社があるが、大きな会社ほど社長の個性は強く、中にはこんなことまでするのかということをしている社長もいる。話してみると世界は変わるものだ。

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2011年12月16日 (金)

人脈

 昨日は新しい人と知り合った。メディアに出ていた方で、こちらは知っていたが、向こうは当然知らないわけで、はじめましてと言うことになった。

 それにしても専門的な知識を持っている方で、目からうろこの話ばかりだった。単なる世間話ではなく、生活に必要な情報だった。しかし、知らないと言うことは強いとは言うが、昨日は知らないと言うことは損をすると感じた。

 昔から人脈が大切だと教えられた。自分で出来ることには限界がある。だから大将になるのではなく、多くのスペシャリストと知り合い、専門的なことはその人からアドバイスを受けたり、任せる方が良いと考えている。
 私にも誰にも負けないと言うものは持っているが、友達や知り合い全員に必要な知識ではない。でも中には必要としてくれる人もいる。私はあることには詳しいし、それでお金をもらっている。その分、他の事はわからないと言うのが本音なのだ。だからいろいろなジャンルのいろいろな人と知り合いたいと思う。

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2011年12月15日 (木)

一息つきますか?

 なんかしんどかった。
 予定がつまってしまったので、つい焦り気味になってしまってミスばかりしてしまった。

 そんな時に可愛い後輩が「一息つきますか?」と言って、缶コーヒーをご馳走してくれた。
 張っていた緊張がフッと取れた。もっと冷静にならないとダメですよね。立場が逆だろうと思い、一本取られたという感じでした。
 後輩から教えられました。もっと周りを見るだけの余裕を持たないと・・・。
 まだまだダメだなぁ。

 頑張りすぎは良くないですよ。一息つきましょう。

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2011年12月14日 (水)

楽して金をもらってる

 私はサラリーマンと健康管理士という顔を持っている。と言っても、最近はセミナーなどの表に出る活動はしていない。自分自身思うところがあって、健康と言うものの常識が変わったので、何を伝えたら良いのかわからなくなった。

 それでも以前は旭川にも仲間がいて、セミナーなどを開いていた。
 その中の一人の女性が、どうしても好きになれなかった。少し年上で言いたいことはなんでも言うタイプで、上でも下でも自分の常識で間違っていると思ったことはハッキリ主張する人だった。しかし立場が変われば考え方も変わるように、常識も変わる。私は健康管理士仲間という立場上付き合っていただけで、向こうも多分そう思っていただろう。

 彼女は40歳過ぎて会社からリストラされるし、東京から出張で来ていた人との間に子供が出来てシングルマザーになった。私はその生き方を否定したことはなかった。価値観が違うんだから私が意見出来るものでもない。
 その彼女から私の仕事は有給休暇やボーナスなどがあり、「私はアンタみたいな楽な暮らしをしているわけじゃないから」とよく言われた。私は経済的には裕福でもないけど、不幸ではないと思っている。またシングルマザーで頑張っている彼女を応援したいとまで思っていた。

 彼女は学生時代の武勇伝をよく話してた。やったことがないのは「麻薬」と「覚せい剤」だけだそうで、毎晩遊びまわって家にも帰らなかったと言う。
 私はその頃は目標に向かっていた。暗い過去があったので同級生と遊んだことが少なく、大人の世界に混じって本気でその仕事をやりたいと思って仕事を教えてもらったり、勉強したり、人脈を広げた。まったく遊びには縁がなかったし、子供らしくない学生だった。
 今になっては学生時代に少しぐらい遊んでおけば良かったかもと思うことがあるが、でも後悔はしていない。そのおかげで今の自分がある。

 しかし、ある時「アンタは会社行くだけで給料もらってる」と言われたことがあった。
 それで付き合いをやめた。堪忍袋の緒が切れた。

 収入をもらうにはもらうだけの価値がある事をしていると、私は信じている。
 またどんなに自分は正しいと思っていても、応援してくれる人や協力者がいないと生きていけない。
 彼女の行き方には全く憧れはしないが、軽蔑もするつもりはない。私とは他人だし、今では協力者でもないから、関係ない。
 でも私だって楽をして今の仕事に就職したわけではないし、今現在も楽をしているわけでもない。
 人は頼られると嬉しいし、期待に答えようと考えると思う。
 人をうらやましがるより、仲良くしていく方が人間としての幅が広がるような気がする。

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2011年12月13日 (火)

余計なこと言うな!

 昨日のニュースで、お客さんの冗談で飛行機の出発時間が遅れたというニュースがあった。

 私も若かりし頃、出張で広島に行ったことがあって、その帰りは羽田経由の千歳空港行き最終便に乗った。
 次の日は朝6時から出勤だった。
 私は飛行機の窓から晴れている時は風景を見るのが好きで、飽きないでずっと見ていられる。
 その時も天気がよく、仙台の街の明かりから青森が見え、津軽海峡にイカ釣り船が出ていたり、苫小牧の街から登別、室蘭までの夜景が見えてきた。いよいよ到着かなぁと思っていたら、なかなか降りない。そのうち機内アナウンスがあって「千歳空港が霧でもう少し様子を見る」という内容だった。今まで綺麗に見えていたのにと思っていたが、なぜ空港だけかなと思ってた。しばらく千歳上空を旋回していた時に、少し後ろの席から「タイヤが出ないんだ」という声が聞こえた。飛び立った後にタイヤを収納する時の音が変だったと言う。その後まもなく飛行機は方向を変えた。それから機内がざわつき始めた。

 しばらくしてから機内放送で「着陸できなかったので羽田に引き返す」と言うアナウンスが入った。機内の公衆電話には長蛇の列になった。
 機内は万が一の時に備えて羽田の方がと判断したのかなと言う話にまでなっている。私はそんなことはないだろうとは思っていたが、でも不安はだんだん強くなっていた。
 でも、羽田空港の上を一度旋回すると、飛行機は無事に着陸した。

 しかし人騒がせな発言だと思った。あの時の雰囲気と言ったら気持ち悪かった。もしも本当だったらと何度か考えた。無事だったから笑い話だけど、その時は笑えなかった。
 冗談なのか本気なのかは知らないけど、いい加減な言葉を軽はずみに言うなと思う。

 追記ですけど・・・
 その後、半分以上の人が飛行機から降ろされて、私は機内に残された。そこで説明されたのが、私のような乗り継ぎの人は泊まるところを用意したと言うのと、次の日の早朝に臨時便を出すのでバスで送迎すると言う。
 用意されたホテルは新高輪プリンスホテルで、着いたのは12時を過ぎていた。大きなダブルベットがあり、綺麗な部屋だった。食事もサービスされてとても美味しかった。自分のお金では絶対泊まれないかも知れないと思った。それにしても大きな部屋の割りにはたった一人だし、次の日は早かったので、滞在時間は5時間程度だった。
 当時は携帯もなくて、次の日飛行機のそばまでバスに送ってもらえたので、会社に連絡取ったのは千歳空港に着いてからだった。羽田から会社に出社したような感じだった。

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2011年12月12日 (月)

サーキュレーター

 今まで扇風機とサーキュレーターの区別がついていなかった。Feel
 それが先日、北海道のローカルテレビで冬の省エネ対策に役立つと特集されていた。
 ストーブを使うと暖かい空気は上に上がるために、体感で心地いい温度になったころは天井に近いところはもっと暖かい。そこでサーキュレータは風を直進的に送ることができるので、ストーブの上の天井に向けておくと、部屋の空気が循環して省エネになるという。

 うちは集中暖房ではあるが、少しづつ隙間風のようなものが入ってくるようになり、居間にはストーブを置いている。
 そこで今日早速試してみた。安いものを買ったので音は気になるが、思ったよりははるかに効果的だと感じた。足元が寒いと言うことがなくなったし、部屋全体的に寒い場所がなくなった。線香の煙で確認してみたが、空気がまわっている。ストーブの火力もひとメモリ小さくしても良くなった。快適です。
 冬にストーブを使う方はサーキュレーターの併用がおすすめです。

 それでも子供の頃の古い家は悲惨でした。断熱材もなかったし、土壁と板を貼り付けたもので、隙間風もすごかった。試験勉強するのに自分の部屋にポータブルストーブつけていて、深夜に消して朝起きると、部屋の隅に火の用心のために置いてあるバケツの水に氷が張っていた。風呂場のシャンプーが凍ったり、隣の部屋においてある卵が凍ったり、今なら考えられないですよね。それでも凍死しなかったんだから、人間はすごいと思います。

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2011年12月11日 (日)

ドタキャン

 少し前の話だが、1ヶ月前から向こうから頼まれていた食事に行く約束が、相手に急な予定が入りキャンセルになった。でもこれが初めてではない。彼は冷静に考えると一度の決定で実現したことはなく、2、3回はこうなってから、行くことになる。今回も半分は中止になるかもと思いながら、やはりそうなったかと言う感じだ。

 私も若い頃はよくドタキャンをした。しかし先輩から教えられたことがあった。先に決めていたことを変更するということは、重大な場合は仕方ないが、自己都合で変えるのは相手を軽く見ていることになるんだと。これがもしも偉い先生や重要なことだったらドタキャンできるか? と言う。

 物の優先順位というものはある。先に入れている予定よりも大切に感じることだってある。それは人それぞれの価値観だと思う。しかし時間を使うのが上手な人は、一日にいくつもの予定を入れて、上手に立ち回っている。しかし一日ひとつの予定を一日必要なように考えたり、お袋なんか昔は今月は子供の運動会で忙しいとか言っていた。準備に1ヶ月もかかるかと思う。

 私も昔はドタキャンが得意だったので、エラそうな事言えないが、でも少しは学習した。

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2011年12月10日 (土)

お客さんとけんかしても勝てない

 今はサービスと言う言葉が当たり前のようになって、ちょっとしたお店や会社に行くと社員教育がされているなぁと感じることが多い。

 昔学校のそばにあった文房具店だったら態度デカかった。高いなぁと言っただけで「だったら帰れ」って言われたり、文房具店も何件かあったから「買うならうちで買えよ」って言われた。でも子供の頃は4件もあった文房具店が今は全部つぶれた。安く売っているところが増えたしね。

 社会人になって現場に出る前にまず社員教育を受けて、お客様は神様です的な指導をされた。
 専門的な接客業ではなかったが、お客さんと話をする機会はたくさんあった。何年目か忘れたけど、危ないお客さんがいたので「申し訳ないのですが・・」とやめさせようとした。そうしたら「客に向かって」とキレられた。あくまでもこちらは丁重にしていたが、だんだんエスカレートされた。相手は酒臭く、酔っていた。それで仲間も集まってきて、大騒ぎになった。
 「上司を出せ」という事態になった。直属の係長に来てもらったが、相手の怒りは収まらない。「ここの責任者を呼べ」まで発展した。重役に来てもらったが、それでも収拾がつかない。「社長は札幌です」というと「今日は○○ホテルに泊まるから呼べ」と言って帰っていった。

 メチャクチャ腹が立った。私は悪くない。自分では決して怒って言ったわけではなかった。でも上司も重役も私が悪いと言ってきた。酔っ払いがゴネたことで、会社として悪いのはそっちだろうとなんで言ってくれないのかとさえ思った。

 会社は社長に連絡を取り、札幌から高速道路を飛ばして社長が来た。しかし社長は優しかった。「何も言わなくても良いから」と「申し訳ないが一緒に来てくれ」と言われた。私はスーツに着替えて、社長と一緒にホテルに出かけた。社員旅行だったらしく宴会をしていた。その大広間に通され、小高いステージの上で社長と二人で土下座させられた。話が蔓延していたらしく、罵声を浴びせてきた人もいた。
 しかし思ったよりは長引かず、すぐに許されて宴会場を出ることが出来た。

 それにしても悔しくてたまらなかった。会社の組合に訴えて酒臭い人は禁止させようかとか、知り合いの新聞記者にぶちまけようかとか考えていた。
 ただ社長が札幌から来てくれたことはありがたかったし、原因は私にある。そこで会社に戻る途中、社長に「申し訳ありませんでした」と言うと、社長は「お前は悪くない」と言ってきた。
 私は社長は怒っていると思っていた。しかし、それから話してくれたことは、私の考えていた次元とは全然違っていた。「お前は会社の看板を守ってくれたんだ。礼を言うのはオレの方だ」と言う。「これくらいですむなら何度でも来る」「これがオレの仕事だから」と言われた。社長は私の気持ちを全部わかってくれていた。嬉しくて涙が流れて止まらなかった。

 お客さんとけんかしても勝てない。例えその場で個人的に勝ったとしても、会社の評判を考えたら大きなマイナスになる。
 これが私が学んだことだった。
 この意見が皆さんに対して正しいのかどうかはわからない。友達に話すと、悪いものは悪いと言った方が良いと言う意見もあった。
 また社員教育の仕方も違うだろうし、別な会社に勤めていたら、こんな考えもしなかったかも知れない。

 それにしてもサービス業が多いと思う。私もいろいろなところに行くけど、利用させてもらっているのだから感謝しなければと思うが、お客さんの権利と言うか、お金を払えばなんでも許されるみたいな考えの人もいる。
 逆にこの会社は社員教育しているのかと思うこともある。
 どちらの立場にしても、相手がその場では頭を下げても、相手だって人間なんです。感情を持っています。
 私は顔が見えなくなってから「なんだアイツ!」って思われたくないと思います。お互いに感謝し合えるやり取りをしたいと思っています。

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2011年12月 9日 (金)

単身赴任

 私の職場に北海道職員(公務員)を定年退職をした人が臨時職員で来てくれている。
 いろいろな話をする機会があるが、転勤が大変なんだそうだ。北海道内のあちこちで暮らしたと言っていた。
 そうは言っても、私の遠い親戚にはNHKのアナウンサーがいるが、彼らは日本国内だからもっと大変だろうと思う。
 それにしても転勤と言うのはみんな大変だと聞く。
 その人は家族一緒にいたいという意見がみんな一致していたらしく、子供は大変だったけど、家族ごと引越ししたそうである。子供さんの高校時代は異動がなくてラッキーだったと話しているが、中にはそのタイミングで異動になると、単身赴任しなければいけなかったと言う。大学は北海道外の大学に行ったみたいで、その土地で就職して結婚もして独立したらしく、残りの勤務で2度ほど異動したあと、定年を迎えふるさとの旭川に家を建てて現在に至ると話してた。

 しかし、中には先に書いた子供の学校のタイミングや、家を建てたとなると、旦那さんだけが単身赴任をするという例が多いそうである。そこで増えてくるのが病気だそうで、定年前後に発症する例が多く、特に単身赴任した人が多いと言う。一番困るのが食生活だそうで、一人だとどうしても自分の好きなものや手軽なもので済ませることが多くなり、それが良くないのではないかと言う。
 確かに今年の春先に亡くなった親戚の叔父さんも転勤族で、札幌に自宅があったが、旭川や帯広に単身赴任して、それから元々持病だった糖尿病が悪化した。亡くなる前の10年間は叔母さんは札幌から出たことがないというくらい、付きっきりで介護したようだ。

 そうはわかっていても、多分私でも一人暮らしをしたとしたら楽な方に甘えてしまう気がする。コンビニなどに行けば手軽にお弁当が買えるし、どうせ買うなら食べたいものを買うだろうと思う。
 しかし、家族で住んでいると好きなものばかりではないし、栄養なども考えて作ってくれるので、そういう意味でも家族で住むというのはありがたいことですね。

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2011年12月 8日 (木)

インフルエンザの予防接種をしてきた

 どうも注射と言うのは嫌いだ。打ち終わると安心するが、その前までがなんとも言えない気持ちになる。
 ところで注射の前に消毒をするが、昔手術をしたことがあって、メスを入れる周辺を消毒された。アルコールではないようで「なんか塗られた」と言う感じだったが、少しして「始めますよ」と言っていきなり麻酔注射を刺されたことがあった。メチャクチャ痛く感じた。あれって、アルコールで消毒してくれることで、これから刺すんだと思えるもので、いきなり刺されると恐ろしいものだと思った。

 そういえば、昔風邪を引いて高熱で一人で歩けないほどになり、夜間だったので当番病院に連れて行かれた時の話だった。大きな総合病院だった。とにかく早く楽にしてほしい気持ちと、しゃべるのも面倒な気持ちで、言われるままにしていた時に、血管注射をしてもらった。右腕のひじの内側に刺してもらったが、やたら痛い。「痛いんですけど」と言ったら、男のくせにこれくらいでみたいな言い方をされた。しかし皮膚が盛り上がってきた。注射液が血管に入っていなかった。
 その看護師は課長とか言う名札をつけていた。「入ってなかったわ」と言って左手の同じところに打ち直した。しかし、これも同じような結果になった。
 三度目は手の甲に刺した。それでなんとか入れてもらった。

 服着ても良いよと言われたが、両方のひじが全然曲がらない。「ひじが曲がりません」と言うと、「アハハハ」と大きな声で笑われたので、自称温厚な私もそこでブチ切れた。「こういう時って謝るもんじゃねぇのか? それを笑うとはどういうことだ? 課長と言う名札つけているのに、注射もろくにできねぇのか」と言うと、なんと逆ギレされた。治療してもらって文句言うとはどういうことだという言い分だった。

 私は滅多にキレないが、キレると止まらないタイプで、夜間であったにもかかわらず医者や上司を呼びつけ謝罪させた。肝心の看護師はふてくされていて、結局謝らなかった。

 病院を出ると、どっと疲れていて、再び病人に戻った。キレた時はあんなに元気だったのに・・・。
 とにかく病気にはならないほうが良いです。

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2011年12月 7日 (水)

宗教

 若かりし頃、職場の先輩に家に来いと誘われた。
 先輩の誘いは断わってはいけないと教えられていたのでお邪魔した。
 一人暮らしの先輩だったが、家に入ると異様な雰囲気を感じた。出前で生寿司をご馳走になり、心のあり方なるものの話をしてもらった。
 そこで宗教の話になった。私はある仏教で先代からずっとお世話になっている。しかし先輩は別な宗教を勧めてきて、私のように南無阿弥陀佛と一度唱えるごとに7つの不幸が来ると言う。その後、同じ仲間の家に連れて行かれ、うちの仲間に入れと言われた。葬式や結婚式はお金がかからないと言われたり、仲間でなんでもやるんだという。やがては私の親の悪口を言い始めた。あなたが心を開かないのは親が邪悪な道に染められ、あなたにそういう教育をしているからだと言う。それを聞いたときに、会ったこともない親のことを悪く言われたので腹が立ち、帰ってきた。その後、その先輩の誘いは断わり続けた。

 10年ぐらい前に札幌に住んでいる嫁さんの従兄弟が年末に交通事故で亡くなった。すぐに葬儀会場に駆けつけると、誰もいない会館で並べられた座布団の上に寝かされていた従兄弟がいた。こんな様子を見たのは初めてだった。親戚がみんな遠かったと言うのもあるかも知れないが、仏さんが一人で、しかも座布団の上とは・・・。
 それから親戚や親が集まり、家族も挨拶に来た。まだ子供がやっと話し始めた程度の小さい子で、奥さんも若かった。しかし年末年始などの事情があるらしく、通夜葬式まで何日か待つことになった。会館で寝泊りし、やることもなかった。しかし驚いたのは食事だった。お湯で茹でて食べる乾麺に具の入っていないたれだけだった。それが三食で何日も続いた。叔母さんはお金がなくてこんなもので申し訳ないと言っていた。さすがに食べれなくて、外に食事に出た。
 その後、通夜が執り行われ、次の日は葬式が始まり、たくさんの人が集まり一通りの事が終わった。宗派は昔先輩に誘われたその宗教だった。
 しかし全て終わった会場に「お礼の品物」が多数用意されていた。お金がないというのに、そんなに気を使わなくても・・・と思ったが、それは私たちにもらえるものではなかった。葬式に来ていた仲間たちに渡され、私たちは数日間仏さんを見守っていたのに何もなかった。
 また奥さんのご両親と葬儀を取り仕切った人とで小競り合いが起こった。ご霊前、ご仏前とその他にかかった費用を支払ってくれということだった。つまり、私たちが出したご霊前とご仏前は遺族には行かないで、その組織が持っていくという。生前の従兄弟の意向でと言い張る。

 私は物をもらおうと思ってやっていたことではなかったが、それにしてもひどすぎる話だと思った。
 残された若い奥さんと小さな子供には何もないと言う。
 私の親戚にも奥さんがその宗教で、面識もないのに葬式があれば出かけて行き、物やお金をもらってくる。

 宗教というのは難しい問題だと思う。今でも世界では宗教対立で戦争まで起きている。人を殺すことが正当化されている現実すらある。それでも人は何かを求め信じて、その神や仏に拝む。それぞれのルールがあり、別な考え方からすれば非人道的なことでも、その宗教にしてみれば至極当たり前のやるべきことなのだ。

 うちの田舎町には、人口の割にはお寺が多い。うちはラッキーだったのかわからないが、お寺に対して寄付ということは、よほどの事がないと徴収されない。しかし、お袋の実家のお寺は、車を買うとか、わずか20年で家を建て替えるということで、ローンを組んでも寄付をせよと言われる。普通の人間が新築20年で家を建て替えるかと思う。檀家より立派な家に住み、檀家より良い車に乗っている。
 しかしうちのお寺は質素な生活をしている。でも住職は日本でもトップクラスの役職で、日本全国にお説教に呼ばれ、飛び回っている。本山での説教も年に何度かあるようで、それは一般人に対してではなく、同じ宗派のお寺さんに対しての説教だそうだ。
 家では息子と孫が檀家回りをして、お寺を守っている。

 私が困った時に住職に相談したことがあったが、占い師のような話ではなく、心を緩めてくれて、物の考え方やどうすればみんなが良くなれるかを考えなさいとアドバイスされた。その考えは今でも生きている。
 何が正しいのか、人の価値観は様々だ。でも特定の人や組織だけが有利になったり、裕福になるような考え方や行いは、私は違うと感じている。

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2011年12月 6日 (火)

自分の老後は・・・

 最近の情報を総合してみると、将来の危機感がますます強まってきた。

 東北大震災が起きたことは天災なので仕方ないことだと思うし、国を挙げて何とかしなければいけないと思う。それに対し、国家予算を使うことには反対ではない。
 しかしその中で消費税は上がろうとしているし、年金額は下がる方向だし、支給年齢も引き上げられそうな状況である。
 また仙台に住んでいる親戚の話では、街の様子は報道で出ている以上にすさまじかったようで、いまだにやることがたくさんあり、復興にはまだ時間やお金がかかると話していた。叔母さんの家は物が散乱した程度で、家が壊れると言う被害がほとんどなかったようであるが、仕事はなくなり、今月北海道で身内の不幸があったが、経済的な問題でどうしても来れないと言う。また同じ県内でも大きな被害があった家庭の方が、現在裕福な生活をしていると言っていた。

 そうは言っても難しい問題で、家族が亡くなったり、家がなくなった悲しみだって、当人じゃないとわからないことで、それを補うものと言えば、完全ではないにしても経済的な援助やメンタル面でのフォローしかないと思う。
 しかし、叔母さんの様に家は壊れてなくて仕事がなくなったというケースや、ネットで知り合った人の中には仕事の得意先が震災になって、関東に住んでいるにもかかわらず会社が倒産し、現在就職活動中だと言う人もいる。
 こちら北海道の旭川近郊のホテルも二件倒産し、報道では震災の影響でお客さんが落ち込んだことが原因と言われていた。これが全てではないとしても、少なからず日本全国で影響が出ているのかも知れない。

 これらの情報などから、年金を切り崩して予算を当てることや増税することなどが、なんとなく当たり前のような情報が多いが、一部ではこれは危険だと言う情報もある。

 以下のHP、年金積立金が危ないを参考にしてみてください。
http://d.hatena.ne.jp/Syouka/20110502/1304356665

 皆さんそれぞれ立場が違うと考え方も違うと思います。昨日の北海道のローカルテレビではこの話を掘り下げていましたが、非常に考えさせられました。
 報道が言うように、もっと他にまわせる予算はないのだろうか?と感じる。年金があまっている訳ではない。むしろこれから足りなくなってくると言うのは、震災の前から一部の専門家が試算していたことだし、このブログでも過去に書いた記憶がある。

 まるで樹木のように、地面から上の部分だけを判断し、土の中の見えないところは知らないと言うことが多い。もっともっといろいろな情報が欲しいと感じる。

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2011年12月 5日 (月)

ライブDVD

 先日、アメリカのロックバンド、KISSのアライブⅣ~地獄の交響曲のDVDを手に入れました。
 CDでは持っていたのですが、DVDが欲しいと思ったときは販売終了になって、この度再販になったので買っちゃいました。
 KISSは中学生の時からのフアンで、当時はレコードしかなく、音楽雑誌で情報を集めていました。

 ライブ関係の映像は地獄の狂宴~ROCK THE NATION LIVE!というDVDがあります。これはマルチアングルで、全曲ではありませんが5種類の映像に切り替えられるものです。私の尊敬しているジーン・シモンズ様だけを見ていたり、エリック・シンガー様のドラミングも迫力があります。KISSの映像関係の中では最高傑作ではないかと思います。

 またレーザーディスクのアンプラグドという物があります。これは楽器をアコーステックに変えてのライブです。ギンギンに大きな音で聴いていたライブとは違い、同じ曲でもアコースティックで聴いてもこんなに良い曲なのかと感じました。終盤は昔のメンバーのピーター様やエース様も参加し、ツインドラムとアコースティックなロックンロールオールナイトは素晴らしいと思いました。

 で、この度手に入れたのがアライブⅣ~地獄の交響曲です。
 メルボルン・シンフォニー・オーケストラとの競演で、こちらもすごい迫力を感じました。ライブ映像だけではなく、ステージを作り上げるまでの打ち合わせやリハーサルの様子も収録されており、KISSのメンバーがいかに良いステージを作り上げようとしているのか、また指揮者も真剣に音作りや楽譜などをチェックし、オーケストラを操って、KISSの名曲をみんなで盛り上げています。

 今回紹介したアンプラグドはレーザーディスクのみらしく、現在プレミアがついているようですが、地獄の狂宴~ROCK THE NATION LIVE!とアライブⅣ~地獄の交響曲はこのブログの右側に「らいぶDVD」というコーナーを作りましたので、KISSフアンの方は参考にして下さい。

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2011年12月 4日 (日)

子育てって何歳まで?

 私の叔父さん夫婦は私が子供の頃結婚した。
 昔はよくご飯時になると、叔父さんが一人でフラッとうちに来た。まだ祖父母が健在な時で、親心で「ご飯食べてきたのか?」と聞くと「食べてない」と言い、祖母の「何か食べさせてやってくれ」という一言で、ご飯を食べては帰っていった。
 その頃は親父とお袋の家計になっており、後から聞いた話だが、緊急にご飯を炊くわけにもいかず、お袋は自分の分を食べさせ、自分は後からインスタントラーメンなどを食べたこともあったようだ。お袋は昔の人間で親の言うことに反抗すると言うことができない性格だった。

 なぜ叔父さんがご飯時に来ていたかというのも、後で聞いたが、奥さんと言う人はマイペースな人で、自分の事は自分でと言う性格だったらしく、ご飯支度もしないことが多かったようである。それに対して叔父さんは兄弟の末っ子で、ある程度甘えが出来たし、家族が何でもしてくれて育った環境だったので、その辺でのすれ違いがあったようだ。

 そんな叔母さんが子供が中学生になったのをきっかけに市内のデパートでアルバイトを始めた。中学生にもなると、善悪の区別もつくだろうし、自分も自分の人生を他人のために過ごしたくないと言うことだった。
 アルバイト先は街の中心部にあり、仕事が終わってから会社の人と飲みに行くようになり、帰りも遅くなっていった。叔父さんは子供たちを連れ、うちに来ることも多くなった。最初のうちは祖父母の一声でご飯を食べさせていたが、あまりにも何度も来るので親父が意見した。
 なぜ子供をほったらかして毎晩飲み歩いているんだと言うことと、これだけうちで食事をされたら経済的にもバカにならないし、ここはお前の実家ではあるが、もうお前の家ではない。みんな独立したんだから、自分たちの事は自分たちで何とかしろと言った。

 それからうちにはあまり来なくなった。後で聞いたが、その後息子は不登校気味になり、部屋にこもって叔父さんとの会話もなくなった。やがて高校に入学したが、入学式の一日だけ登校して、あとは部屋にこもって出てこなかった。学校は辞めることになり、息子の知り合いから声がかかり、調理師として働くことになった。その後、いろいろな店を渡り歩き、和洋中なんでも出来る調理師と成長し、結婚もした。 そこで、旭川で自分の店をやりたいと考えて、親に相談したが、自分で出来るのならやってみろと言われ、資金がなくて断念した。また家も建てたいと相談したが、これも勝手にしろと言われただけだった。

 ある日、うちにその息子が来た。奥さんの実家がある名古屋に行くということだった。仕事も向こうで見つけてあり、向こうの実家でも同じ敷地内に家を建ててくれたと言う。
 もう旭川には来ないということで、最後になるかも知れないからと言うことだった。
 そんなわけにはいかないだろうと言うと、親はオレを見捨てたし、親よりも本家(我が家の事ですが)の方がご飯も食べさせてくれたり、居心地が良かったという。親の仲はバラバラで、母親のことを名前にさん付けで呼び、親だとは思っていないという。お父さんは店を出したい時も、家を建てたい時もいくらか出すと言ってくれたが、母親はダメだと言ってたと言う。私も両親もその話を聞いていて、親の年代では違和感があったようだが、私はかわいそうになった。しかし、そこまで決めているのなら、今さら反対してもやめると言う性格でもないだろうし、私がとやかく言う立場でもない。
 その日の夜は私と従兄弟で徹夜して、二人で小さい頃の話から今までどんな思いをしてきたかなど、いろいろ話を聞いた。何度も涙が流れた。家族の仲が良い本家がうらやましかったと言う。母親からは手作りのおにぎりひとつ食べさせてもらったことがないし、お袋の味と言うのも知らないという。

 現在では旭川に年賀状を送ってくる親戚は私の両親と私だけのようで、名古屋で元気に頑張っているようである。
 しかし、叔母さんは別として、叔父さんとは仲が良かった。どこで歯車が狂ったんだろう。うちの両親はこう話ている。家を建てたいと言った時に、親が少し援助すれば良かったんだと。それは甘やかすことではない。そうすれば、親に恩を感じて、老後も面倒を見てくれるのではないか。
 旭川から名古屋と言う距離は遠い。ましてや親の葬式にも来ないと言っている。それは間違っていると言っても、あいつにしては昨日今日で決めたことではない。親が俺を見捨てたんだから、俺も自分の人生を自由に生きていくと言う。なぜそこまで親を嫌いになったんだろう。それは私にはわかってあげられないことだし、口を挟める問題でもない。

 これは私の考えだけど、子育ては一生ものの大仕事で、その結果が出るときは私はもう死んでいて、残った息子が亡くなる時にどのような人に見送られるかという時だと思う。自分が死ぬまで子供に援助し続けると言うことではない。自分の生き様を見せていくことだと思う。子供に対しても誠実に一人の人間として対等の立場で接し、困った時はお互いに助け合う。いつまでも監督指導するのは間違っていると思うが、放任主義すぎるのも良くないと思う。
 うちのお袋がよく話していることだが、息子夫婦と同居していることを兄弟姉妹や知り合いからも、うらやましがられていると言う。うちよりも裕福でお金に困っていないお姉さんですら、旦那さんを亡くした後の一人暮らしは不安だと言う。私も頭では理解しているが、実感できるのはもう少し年を取ってからの世代なんだと思う。
 しかし具合が悪い程度ならまだ良いが、町内会でも一人で住んでいるお年寄りが先月救急車で運ばれた。二日間新聞が取り込まれてなかったのを隣の人が見つけ、そこで玄関で倒れていたおばさんを発見した。先月だったから大丈夫だったが、真冬なら凍死している。元気なうちはわからないことだが、いつ何時どうなるかわからないのだ。

 私も一時期経験したが、核家族は気楽で良いものである。親の目を気にしないで、好きな時間に好きなことが出来る。食事も家で見るテレビも、どんな趣味や音楽も、小言や他の人を気にすることがない。経済的にも裕福だった。
 しかし家族が多いと、正直良いことばかりではない。何度別居しようと思ったかわからない。でも、心配でほっておけないという気持ちがある。また困った時にお互いにお金だけではどうにもならないもので、解決してもらえる。

 自由と困ったことと言う考え方が適切かわからないが、例えば10個の自由があれば、その分10個の困ったことが起きるような気がしている。
 そのための大仕事が子育てだと思っている。小さな失敗は許されるが、大きな失敗は取り返しがつかない。

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2011年12月 3日 (土)

何か忘れてませんか?

 次から次と新しいことが出てくるから、ニュースと言うんだろう。

 しかし、国民全体に影響するようなことを大きく取り上げても、しばらくするとほとぼりが冷めたように別のニュースが次々に飛び交う。

 そのどさくさに紛れているうちに、国民の関心は別なところに移り、知らないうちに法律が出来てしまったりすることが多い。

 まだまだ議論しなければいけないことがたくさんあると思う。しかし、その情報が充分に理解されないうちに、別なニュースが発生し、怒りや関心の矛先を変えさせられる。

 ただ問題がどんどん発生することは止められないし、それに対しての報道も必要なことだ。しかし、充分な議論や国民の声も聞かないで、いつの間にか決まってしまうことに問題を感じる。これは自分にも言えることだが、忘れてもいいこと、個人的なこと、もう少し国民の真意を問う必要があること、自分の身に降りかかってくる情報なのか、報道は大きくても特に問題にしなくてもいいことなのかを判断しないといけないと思っている。

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2011年12月 2日 (金)

今年生まれた赤ちゃんの名前・・・

 産経新聞の記事です。

 ベネッセコーポレーションは1日、今年生まれた赤ちゃんに付けられた名前のランキングを発表した。男児は昨年2位の「大翔」が2年ぶりに首位に返り咲き、女児は「結衣」が同社が集計を始めた平成17年以降で初の首位となった。

 調査は今年1~10月に生まれた赤ちゃん約3万4500人を対象に実施した。

 男児の2位は昨年首位の「蓮」で、3位は「悠真」。女児の2位は昨年3位の「葵」、3位は昨年首位の「結愛」だった。また、女児では人気子役の芦田愛菜さんの活躍の影響か、「愛菜」が昨年の43位から7位へと急上昇した。

 名前に使われた漢字で人気を集めたのは「陽」「希」「心」だった。

 同社は「東日本大震災が発生して将来に不安を感じるなか、『未来に羽ばたく強さ』や『人との結びつきを大切にしてほしい』との願いが込められているのでは」と分析している。(後記されている名前ランキングは省略します)

 私の個人的な考えなんですけど・・・

 昔から占いがなんとなく気になって、星占いとか毎日チェックしていたが、最近は目をそらすようにしている。嫌な情報を聞くとネガティブ思考が出てくるので良くないと感じている。

 しかし姓名判断だけは信じている。昔、落ち込んだことがあって、その時に姓名判断をしてもらったことがある。それがきっかけで、自分でも姓名判断の本を何冊か買って調べてみた。
 今まで読んだ占いの中では一番当たるかなと感じている。もちろん基本的には考え方の問題で、占いに沿って生きているわけではないけど。
 でも、新聞などで事故の記事があって、姓名判断してみると気味悪いくらいに当たっていることが多かった。だから自分の子供には名前を慎重に決めようと思っていた。また家族や友人の名前は怖くて占ったことがない。亡くなった親戚は占ってみるが、ほぼ当たっている。

 私の義兄の家庭は三人の子供がいる。長男は好きなアニメの主人公から、次の長女は好きな女優さんから付けたらしい。しかしその下の弟はしっかり考えて付けたと言う。学生の頃までは特に問題がなかったんだけど、現在は長男は大学を中退して連絡が来ない状態だそうだ。長女は突然家出して、現在は遠い町で彼氏と同棲生活している。一番下の弟は現在国家公務員で、親にも10万円以上するマッサージチェアーをプレゼントしたり、勤務先が実家よりもうちの方が近いので時々遊びに来るが、手ぶらで来ることがなく、礼儀も正しい。これらは私から見た単なる見た目だけの問題だし、本人が幸せであればとやかく言うこともないんだけど、それにしても兄さん夫婦からは上の二人の話は出てこないどころか、聞くと嫌がられる。しかし末っ子は親思いらしく、いつも自慢している。

 私はプロの占い師ではないので、この違いが名前によるものなのかは断定できないし、恐ろしくて占ったこともない。気にしなければ関係ないのかも知れないし、他の占いもたくさんあります。
 あまり占いに振り回されたくはないけど、名前だけは気にしてしまいますね。

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2011年12月 1日 (木)

頭の中のBGM・・・今日の気分その2

 9月27日から別の掲示板で更新しているんですけど、11月分をその2として作りました。

 2ヶ月以上も続けてみて、同じ曲がダブるかなと思っていたんですが、意外にもいろいろな曲が浮かんでくるものだなと思いました。

 中学生の時に音楽をテーマにした作文を書かされた時に、毎日違う音楽が浮かんでくると書いたんですけど、実際に日記のようにしてみると本当にそうなんだなぁと感じます。

 音楽を紹介するページというよりも、あくまでも個人的な日記のようなものですので、ご覧になった皆さんの好みじゃないアーティストもいると思いますが、興味があればご覧いただきたいと思います。

 もう12月ですよ。一年は早いですね。
 こちらはこれから雪景色になってくると思います。
 皆さんの住んでいるところはどんな感じなんでしょうか?

頭の中のBGMその2 (11月分)
http://asahikawa-kenkou.cocolog-nifty.com/kenkoujouhou/bgm02.html
頭の中のBGMの紹介記事 (11月1日の記事)
http://asahikawa-kenkou.cocolog-nifty.com/kenkoujouhou/2011/11/post-7aa3.html

日々徒然に! (掲示板)
http://mattsu1021.bbs.coocan.jp/

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