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2012年5月31日 (木)

同じ人間はいないからねぇ・・・でも

 昨日もラジオ聴いていたら、まだ河本さんの問題をやっている。別な芸人さんも出てきた。
 だんだんわかって来た事もあり、また専門家から河本さんは悪くないと言う話もしていた。
 それにしてもまた何も悪くない人たちに矛先が向いて来ていませんか?
 ホント、人をいじめるのが好きなのかな?

 私の予想なんですけど、同居しなければいけない法律とか、年老いた両親を絶対に扶養しなければいけない法律のようなことは出来るわけもなく、意外と大きな変化ってしないような気がしますね。

 親の面倒を見ると言っても、本当に色々な事がある。
 今回は河本さん問題には直接関係ないことだけど、徒然と書いてみようかと思う。

 私の元カノの妹さんは将来結婚したら旦那さんのご両親と絶対同居すると言うのが条件だと言っていた。なぜかと聞くと好きな彼を育てた人だし、彼の好みや家風をどんどん身につけたいからだと言う。しかし、その後何年かして、私は今の嫁さんと結婚し公営住宅に住んでいたが、私たちが住み始めた半年後にその妹さんも結婚して、うちと同じ公営住宅の同じ玄関で、うちは3階だったが彼女は1階に住み始めた。一度話をしたが、まぁ旦那さんの両親は変わっていると言う。付き合っている時はかわいがってくれたのに、結婚するとうるさいことばかり言われると言っていた。そんな時に連絡委員と言う仕事をその妹さんの家庭に任せようと言う時期が来た。私が住んでいた公営住宅は玄関が3カ所の4階建てで、各玄関から8世帯が入居している。一年ごとの持ち回りの仕事でもあるんだけど、一番新しい人にやらせることでみんなから顔を覚えてもらうという意味もあり、うちがやっていた連絡委員をその妹さんにと話を持っていた。仕事としては月に一度会報を持って行くことと維持費を受け取って会長さんに届けるだけのことだった。しかしものすごい剣幕で断ってくる。いろいろな事情やこう言う意味があるんだよと説明しても、子供が生まれたばかりで時間がないからとか、隣の棟に入っている友達が言ってたけど絶対にやらない方が良いと言われているからの一点張りだった。たった月に一度だけのことに時間がないとは言い訳にはならないし、誰がそんなことを言っているのか教えてくれと言っても、教えてくれなかった。会長に相談すると、無理しなくて良いので、他の人にしましょうということになった。
 それから半年後に私は旭川市に帰ることになったが、その頃はもう誰も相手にしていなかった。夜中に帰ってくる車の音や玄関を開ける音がうるさくて子供が寝られないだとか、上に住んでいる人達の靴が汚れていて、その泥や砂が自分の家の前にたまるから掃除してくれとか、もう何を言われたかも覚えていないくらいたくさん言われた。一番笑ったのが、子供が免許を取り、車が増えた家庭があって、彼女の部屋の窓際に車を置いていたが、それがうるさいと言われ、彼女の車を家の側に置くようにした。ところが宅急便などの配達のトラックが停まることが多くて、トラックが停まると出られないとか、帰って来ても車がすぐに停められないと言いだした。そんなに毎日のことではないんですけどね。それで会長さんがみんなの迷惑にならないところの好きなところに置けと言ったそうだが、そこは駐車禁止のところで、当然切符を切られ、会長の所や市役所まで怒鳴り込んで行った。
 そんな人が共同生活なんか出来るわけがない。元カノの妹と言うことで、少しでもかばってあげたいと思ったこともあったが、その次元を超える身勝手さだった。同じ町内会でも上手くいかないものが、同じ家庭で一緒に住むと言うことはまず無理だろうと感じる。

 うちの祖父母が元気な頃は、分家の嫁を褒めていた。言葉遣いは綺麗だし、よく気が利くと言っていた。しかし祖父とお袋が一度引っ越しの手伝いに行ったことがあった。時期的には11月でちょうど寒い日だったようだ。古い家の物置を片付けて、必要なものをリヤカーに積んで100mほど離れた新居の物置に運ぶと言うものだった。しかし祖父にとっては良い嫁だったはずの彼女は、友達を呼び、茶の間でコーヒーとケーキを食べていて、手伝うどころか、全く外にも出てこなかったと言う。家の中の片付けは嫁さんのお袋さんがやっていた。夕方になって作業が終わった頃、暖をとるためにお袋の車に乗っていたが、旦那さんが帰って来て、家に上がってくれと言う。そこで家に入ると、嫁さんはストーブの前から離れない。旦那さんがお茶でも出せと言ったら、お袋さんが用意してくれたそうだ。寒かったんだから、風呂にでも入ってもらえと言った時に、ちょうどうちの親父から電話がかかって来て、電話をとった嫁さんは「もう作業が終わって、今帰るところなの」と言った。それで祖父はすぐに帰ると言い出し、そのまま帰って来た。それ以来、自分の息子の家なのに、死ぬまでに20年以上も一度も行ったことはなかった。
 その嫁さんも問題だが、一番ひどいのは一緒にいたお袋さんだと思った。そう言う時に何をするのかを教育するべきだと思うが、そのお袋さん自体も娘に教えるだけの知性や教養、常識を持っていなかったんだと思う。

 どんなに良い人だと思っても、人は「なくて七癖」という。時々しか会わない人であれば、なんとでも繕えることが出来るが、毎日暮らすとなると、良い人ばかりではいられない。

 世の中は本当に上手くなっているもので、その人の持っている性格でその人の環境などが作られているんだと思う。
 それらの常識を一つにすることなんか無理です。
 でも国や政府がやらなければいけないことってあると思うんですよね。それは今は文書などで不特定多数の人が読めるようなところに発表すれば「国民に言いましたけど」という部分があるけど、もっと徹底させる方法を考えてもらわないとダメだと思うんですよね。
 旭川市でも同じで、市役所の前にガラスのケースのようなものが外に置いてあるんですけど、そこには市から伝えたいことが文章としておいてある。公務員は一個人にだけ教えるのはダメですから、一応解釈としては、不特定多数の人が見える場所においてあるので、あとは・・・と言う意味らしいのです。もちろん各家庭には市役所からの広報誌が毎月来ますけど、中にはそれに書かれていないことが、市役所前の文章の中にあることもある。

 国や地方自治体で決められていることは、全部覚えろと言うことは無理にしても、今以上ある程度みんなにしっかりと報告する必要があると思う。関心のある人や、どうでもいいと思っている人もいるのは確かだけど、これからの学生さん達からはしっかり教育して、さらには私たちにも情報を届けてもらえるようなシステムを作ってもらえないものでしょうかね。

 今回は河本さんは悪くないんですよ。それでも悪いと騒ぐ人や、矛先を違う方に向けている人は、言い方を変えれば情報不足なんです。
 どちらかが冗談で、もう片方が真剣なら、そんなに大きな問題にはならないんですけど、お互いに正論だと思っているから、時には口調が強くなったり、逃げ道がなくなったら、別の方向へ攻撃する。冷静さを失っているから、相手の話を聞く余裕もない。そうなると学習できないじゃないですか。

 まず調べましょう。そしてその人の思いを出来るだけたくさん聞きましょう。ちょっと話し始めただけで「いや違う」とか「あ〜、なるほど」と言う人がいるけど、ホントにわかっているのかって思う。

 ねぇ、エラい先生さん達やマスコミさん、もっと冷静になりましょうよ。誰かを攻撃するのではなくて、みんなが幸せになる方法を考えた方が格が上がりますよ。

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2012年5月30日 (水)

愛社精神とは違う

 と言うべきなのか、嫁さんのバイト先の同僚さんで、同居していたお婆ちゃんが亡くなったそうだ。
 しかし上司は人手が足りないため、仕事に出てくれと言われたので、仕事に来ていたと言う。
 詳しく聞くとそう言う時の休日日数は決まっていないらしく、過去の例を考えても統一されていなくて、特に人手が足りない時は時間帯をずらしてでも出てもらっていたと言う。
 昨日出勤していた彼女は言いたい事が言えず、人の顔色を気にするタイプなので、今日の通夜の前にも出勤すると言っていた。

 しかしである。最愛の家族のとの最後のお別れより、仕事を選ばなければいけないのだろうかと思う。それは場合にもよると思う。その人が抜ける事で、大きなプログラムが止まるとか、たくさんの人に迷惑をかけると言うのならまだわかる。しかし、彼女の身分でそこまでしなければいけない事なのだろうか。
 それよりも、そんな時に快くと言う言い方はおかしいが、十分な休暇を与え、供養させてあげる方が重要だと思う。
 不幸ごとというのは遺族になると意外とやる事がある。通夜や葬式に出席する事しか経験していなければわからないだろうが、バタバタしているし、色々な手配や順番を決めたり、お参りに来て線香守りやろうそく守りなどで一晩付き合ってくれるような人には、飲み物や食べ物を用意したり、来てくれた人の相手をしたりしなければいけない場合もある。また成人を過ぎた孫ともなると、お茶だしや両親などのサポートなど、暇ではないはずだし、睡眠不足になる。場合によっては一睡も出来ない事だってあるのだ。

 サボリだとか、予定の変更できる用事であればまだしも、冠婚葬祭ぐらい休日与えろと思う。それでうちの嫁さんが掛け合って、休日返上で出勤する事になった。

 会社なんか人ひとりぐらいいなくたって、長期的には無理かも知れないが、数日程度なら何とかなるものだ。これがまだ人がいるから言える事で、もしも交通事故で意識不明になっても、そのまま仕事に出る事が出来るかと思う。
 従業員の冠婚葬祭やトラブルはある程度想定内の事なんだから、そんな時は責任者自体の常識や部下を上手に使う見せ場だと思う。

 しかし・・・、イイ年して、そんな事もわからないんですね。価値観と言う事では片付けられない問題ですよね。
 まぁ、でも嫁さんと他にもわかっている人が掛け合って、お休みできるようにはなったので、私が騒いでいるのもおかしいでから、この辺りにします。

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2012年5月29日 (火)

5000円安くなった電話代

 先月書いた「携帯の見直しから・・・」の続編なんですけど・・・。

 前にも書いたんですけど、携帯代が高いと感じていて、どうしようかと考えていた時に、通話が無料のメーカーのものを持ってはと言う事をしてみたんです。色々見直した事もあったのですが、今月の嫁さんの請求書を確認してみたところ、前月は1社だったものが、今月は携帯を二台持っているので、2社からの請求になりましたが、いろいろ計算してみると2代持ったのに料金的には5000円以上安くなったと言う計算になりました。
 ちなみにこれは嫁さんだけの話で、長男のは確認していませんし、本人が自分で払うと言っているので、請求書は見ていません。しかし推測すると、5人の携帯代が一ヶ月で1万円前後安くなった事になると思います。
 私の方はパケットがほとんどなので変わりがないのですが、通話の多い人はご検討された方が良いと思います。

 ちなみにうちはdocomoを使っているのですが、「2か月くりこし」と言うサービスがあって、家族間で余った通話分をやり取りするサービスがあるようで、これをさらに有効活用するのが、毎月ドコモショップに行って契約内容を変更する事なんだそうですね。最初のショップには何年も通ったのに、こう言う裏技は教えてもらえなかったんですけど、新しいショップは色々教えてもらえます。一見面倒な気もするのですが、うちみたいに5人もいれば使い方も違うし、月によっても変わるから、無料通話分を毎月捨てているケースがあって、それをマメに見直すと違いが出てくると言います。話を聞くと、何年もプランを変えていなかったので、相当もったいない事をしたと思いました。つまり無料通話分が余っている時と少ない時とでプランを変えると言う事だそうです。

 それと携帯電話って意外とほこりがたまってしまう事がありますよね。それを無料で掃除してくれるそうなので、携帯プランの見直しと携帯電話の掃除を目的に、月に一度の割合で行くと良いみたいです。別に私はドコモショップの店員ではないですけど(笑)。


2012年4月16日 (月)携帯の見直しから・・・
http://asahikawa-kenkou.cocolog-nifty.com/kenkoujouhou/2012/04/post-92ee.html

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2012年5月28日 (月)

一昨日の続きになりますが・・・

 あまり感情的にならない方が・・・、と思いますけどね。
 某女性政治家が「私が一番始めに言い出した事だから・・・」と言っていましたが、民法と生活保護の受給資格の制度とでは矛盾していますよね。そこでなにを目的としてどうしようと思っているのかが見えません。マスコミもそんな言葉よりも、肝心な言葉を表に出せと思います。

 まず民法上の事をみんなが知っているのであれば、親と子供の別居している数がもっと少なくなるはずだと思うんですよね。私の知る限りは親戚や町内と、この辺りの知り合いですけど、成人になった子供と親とで同居している家なんかものすごく少ないですよ。特に町内では子供が結婚して、孫とまで一緒に暮らしているのなんかうちぐらいしかないです。お袋の姉妹10人の中でも、うちだけです。
 町内などほとんどの家庭は息子の嫁さんと合わないから同居できないと言うところが多くて、次にはお互い気兼ねしたくないからと言う意見も聞きます。
 隣の家なんか、今は田植えの時期ですけど、ふたりの息子は手伝いにも来ませんよ。旦那さんは80歳を超え、足腰が弱く、やっと田んぼを歩いているくらいで、機械に乗っても操作を手早く出来なかったり、今年も一度危険な目に合った事もあります。奥さんは最近入退院を繰り返し、今は家にいるけど、外にも出られないし、食事も作れない状態です。さらには旦那さんの妹がいて、事情があって結婚していないんですよね。そのおばさんも家の中でも動かないでテレビばかり見ていて、ちょっと動くと骨折するほどの状態です。それでも息子達が来るのを最近見た事がありません。だからおじさんの兄弟や孫が手伝いにきていますし、うちのお袋も手伝いに行きますが、お金ではなく、餅米やおじさんの兄弟達が釣ってきた魚をくれます。おじさんの兄弟は姉の面倒を見てもらっていると言う思いで来ていると聞いた事がありますが、それでも農家を辞められないのは、それなりの事情があるようですし、隣で見ていても痛々しいです。
 息子は何やっているんだと思うけど、でもそんな姿を見ていなければ、頭ではわかっているかも知れないけど、なんとかしなければと言う実感は持てないと思います。むしろ目を背けているようにさえ感じます。

 また他の家でも息子の世話にはなりたくないとか、他人(息子の嫁さん)に下の世話をされたくないだのと言ったり、孫の顔を見るのは良いけど、二日もいたらうるさくて落ち着かないから、早く帰ってもらいたいと言います。
 理想としては子供が親の面倒を見ると言うことなんですけど、現実的には別に暮らした方が気兼ねしなくてすむとか、子供達だって家を建てればローンがあるし、子供が大きくなってくれば学資にかかるお金も増えてくる。
 親の面倒を見ると簡単に言っても、イヌやネコを飼うのとは違います。自分の都合だけでいられるわけでもないし、部屋を用意したり、口があるわけですから、食事も必要だし、意見だって言われます。ただそれが実の親子であればまだ良いですけど、大体は他人である息子の嫁さんと一緒にいる時間が多いわけですよね。お互いに育ってきた環境が違うから、見なくて良いところも見えてきます。その間に入るのが息子なんですけど、息子はいくら嫁が間違っていても、親の味方をしてはあまり良い結果になりません。

 しかし私は子供を育てるなら、親と同居と言うのが条件でした。自分では未熟な部分が多いところを教育してもらえたり、親が怒っても子供には逃げ場があります。私も同じように育ってきたというのも理由の一つです。一緒に暮らしていて、甘すぎると思う事も多いですけど、メリットも多いものです。先にも書いた私は嫁の味方をすると言う事も、うちの母親はわかっている事ですし、母親も同じ思いをしてきたので、結婚前からそうしろと教えられていました。
 またたくさんで暮らすと、自分の意見が通らない事の方が多く、それこそが大事な教育になると考えています。家の中だけに限っては、正しいかどうかが問題ではなく、余計な争いを避けるためにはと言うことが大切になってくるために、感情的になるより、半分でも良いから理解してもらおう、またはしようと言う事を考えます。
 家の家族はたまたまみんながそう言う考えでいるので、とにかく話し合いは多いですし、家族ひとりひとりが今何をやりたいと思っているのかがある程度わかります。

 親が具合が悪くなってから同居と言うのは、お互いに考え方やクセがわからないですから、細かい事でもしっくり来なくて不満に思うものだそうです。特に身体の自由が利かなくなっている場合は、余計イライラしたりするそうですね。加減がわからないんですよ。やり過ぎる事もあるしね。また子供だって懐かない方が多いですし、その孫を見ていても黙っていられないと言います。

 世の中がこれだけ変わってきているんですから、理想だけでものを言ってもどうしようもないのです。
 本当に親子の関係だって千差万別ですよ。それに伴い家庭環境だって色々です。子供がまだ同じ市町村内にいるのならともかく、そうでないケースだって多いですし、雇用の問題だって核家族化を促進していると思う。
 親は生まれ育った愛着のある土地に住みたい人が多いし、子供のいる違う街に行く事が幸せだとは限りません。

 同居だけが面倒を見る事ではないとは思いますけど、子供達だって自分の生活だけで一生懸命な人が多いですし、私の年代でも給食費を払えないとか、新聞を辞めたとかと言う人が多い中で、それ以上に援助しようとは考えにくいんじゃないでしょうかね。

 それに親は親、子供は子供と言う部分が強くなってきて、そう言う事もあって民法上では扶養しろと言っておきながら、生活保護の受給資格は親族が高収入でも支給できると言う事になっているんだと思います。
 高い給料をもらっているから扶養すると言うのなら、それがいくらからが基準なんでしょうか? うちみたいなサラリーマン家庭で5人同居で、もう一人は病気で施設に入っているのでお金がかかります。
 もう10年以上も飛行機に乗った事もなければ、泊まりで温泉になんか行った事もありません。でも自分で選んだ事ですから、それが不幸だとは思いません。ただ親を扶養していない分家などは、二ヶ月おきに飛行機に乗っていますよ。沖縄だとか京都だとか。それでもよその芝生は青く見えるようです。それは人の価値観ですよね。
 これはホンの一例ですけど、ここまで来ると誰が悪いと言う事は言えませんよ。若いヤツは我慢が出来ないと言う声があっても、大人だって今さら家に帰ってまで人に気兼ねしたり、我慢したくないと思うでしょう。どっちもどっちです。これほど価値観が違うものを、この先どうやって基準を作り、これからもっと大変になってくる少子高齢化に備えるのか、国民みんなでもっと人を選んで、一番ふさわしい議員に国で仕事をしてもらいましょう。

 これからもっともっとこんな問題は出てきますよ。

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2012年5月27日 (日)

一体何の目的のために・・・

 何度も書いているが、私の知り合いにうつ病の友達がいる。

 先日思い詰めたようで、彼がいのちの電話に電話をしたそうだ。話は聞いてくれたが、大変でしたね、つらいですねとしか言われず、どうしたら良いかを訪ねたところ、旭川市役所の専門部署を紹介されたと言う。翌日電話すると、具体的な事は言えないし、病院や治療法なども特定した教え方が出来ないそうだ。確かに公務員はある一つの企業を特定して指名する事は良くない事ではある。そこで言われたのが、北海道の部署の中に相談所があると言われたそうだ。そこだって公務員だろうと思いながら電話すると、話は聞いてはくれたが、結局はカウンセリング支援センターと言うところを紹介されたと言う。そこではセカンドオピニオンを勧められたが、旭川の心療内科はどこか他に病院にかかっていますか?と聞かれるらしく、そこで通院中ですと言うと、向こうの先生からの紹介状を持って転院するのなら診察しますが、セカンドオピニオンはしませんと言う病院が全てだそうだ。医者の立場で考えたらそうだろうとは思うが、患者の立場に立てばものすごくつらいのだろうと思う。

 ちなみに一般社団法人 日本いのちの電話連盟のホームページを見てみたんですけど、「電話を通して人々の悩みを聴き心の支えになっていこうという活動を行うボランティア団体の全国組織であり、日本自殺予防学会と国際自殺予防学会(IASP)と連携して自殺予防のために活動しています。
 年間の自殺者数が1998年から連続して3万人を超える中、問題の改善に向けて日本社会にはどのような対応が求められているのか――。
 自殺問題をはじめ人々の心の危機に電話相談を通して30年以上にわたり向き合ってきた全国組織「いのちの電話」は、日本における自殺予防活動の草分け的存在です。

 自殺を考えるほどの深い悩み・苦しみ・辛さを抱え、誰にも相談出来ずに孤独のうちにある方々が居ます。
私たちは、その様な方々と電話での対話を通して隣人として共に考えて行き、少しでもその方の心の支えとなる事を目的として活動を続けていきます。」

以上、本文そのままに掲載させていただきました。


 しかし、彼が求めたのは今の現状から抜け出せるための具体的な方法だと言うのです。経済的な面や病気を治すためにする事、就職活動など、色々な事が重なって、なにをどうして良いのかわからなかったと言うのです。今回電話をしたけど、結局はたらい回しにあって、改善策は何一つ見つからなかったと言います。
 よくおばちゃんが誰かに思い切り愚痴を言って、カラオケで歌でも歌って、お酒でも飲めば忘れられると言われるが、そう出来ない人やそうやってもダメだった人が病気になっているわけで、またうつ病とは脳の伝達物質が十分に伝達されないと言う、身体的な異常で、気分を変えろと言ったって、そう簡単に治るものではないと聞いている。具体的なアドバイスも出来ないで、カッコいい事言うなと友人は怒っていた。
 私は専門家ではないので、出来る事と言えば彼の気分の良い時にお気に入りの喫茶店でコーヒーを飲みに行って、色々話を聞いてあげる事しか出来ない。しかしそれにも限界がある。

 愚痴と相談は違う。
 愚痴の答えは愚痴った本人が持っている。だから何を言ってもダメなのだ。
 それに対して、相談と言うのは、自分の考えが間違っているのかや、他の考え方や方法があるのかをアドバイスしてもらいたいと考えている。今回の彼の行動は相談しているのだ。それに対して適切な答えを持っていないのなら、逆効果になるような気がするし、現実に私に連絡が来たので、ドライブしてコーヒー飲みに行ってきた。話を聞いて初めて知ったことが多かった。それでも嘘を上手につける人なら、「はじめてです」と言って別の病院にかかる事も出来るだろうけど、病院にかかり、申請すると手帳のようなものが交付されて、医療費が安くなるようで、それは二重に使えないらしい。その辺は聞いてみたけど、一度では理解できなかった。今後知識として勉強しておきたいと思った。
 それにしても、要領よく出来そうな事ってありそうなんだけど、そう言う判断が出来ない状態だったり、真面目な性格だから、よけい悩むんだろうと思う。

 病気は生活習慣や自然環境の他に性格や家庭環境もあると思う。
 どうやったら一人でも多くの人を救えるのか、健康管理士の立場から考えて行きたいと思う。

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2012年5月26日 (土)

[会見]河本準一さんを見て

 今日、ネットでですが、[会見]河本準一、母親の生活保護問題を一部始終見ました。

 正直言うと、こんな形の人なんか私の知る限りたくさんいます。それがたまたま有名人だと言うだけで、マスコミなどが嗅ぎ付けて発覚されたのだろうと思います。
 生活保護を受給されている方に対しては、しっかりとした理由があると言う人であれば、私は偏見を持っておりません。生活苦だけが受給対象ではないですし、仮に受給する事になっても色々とプライベートな事を調べられたり、規制もあるようです。

 あくまでも私の個人的な意見ですけど、私は先日も書きましたが、自分の子供には日本人の三大義務を教えております。ですから、ある意味では夢を大きく持てないような、現実的な子供に育つのかも知れません。
 働く事は必要ですけど、その他に納税をする義務もあるのです。
 夢を追いかけて自分のやりたい事をやっていることもすばらしい事だと思いますが、勤労、納税が出来ていないのであれば、それはどうなんだろうと思う。祖父母の時代までさかのぼって考えると、うちらのような農家であれば、赤ちゃん以外は十分な人手になる。子供でも炊事洗濯などの他に弟や妹の子守りをしたりする。家族の中でも喧嘩しながらでも協力的だった。しかし、農家をやりたくない物は職人さんの門を叩く事があった。昔の職人さんは、弟子に衣食住を提供し、給料はお小遣い程度で、仕事や人間の上下関係や接客などを教え込み、やがては独り立ちさせる。

 しかし私の親世代になると、ある程度自由と言う言葉が出てきたせいなのか、核家族化が増えてきた。これはどちらが悪いと言う物ではないと思う。仕事の変化にも言える事で、家を継がないで就職する事になり、勤務先が遠くて同居できない環境になってしまったり、子供夫婦が嫌がる事もあれば、親だって同居を望まないケースだってたくさんある。

 さらには男女平等と言う言葉で女性の社会進出が増えてきたり、子育てや家事などを男性にもと言う声が増えてきた。
 私は男女平等と言うよりも、適材適所と言う方が正しいと思う。力仕事が得意だったり、細やかな仕事ができたり、接客や事務職、専門職などで、男女と言う比較ではなく、人によって得意分野を任せると言う方が正しいと考えている。

 サラリーマンのような堅い仕事をしていれば、ある程度の収入が見込まれる。それにしても今は倒産と言う言葉が珍しくないので、いくら自分の会社が黒字でも、親会社が倒産すれば影響を受けると言うケースも少なくない。
 またスポーツや芸能などで華やかな部分を夢見て、バイトしながらでも頑張っている人が多いようだ。また有名になったり、成績を収めた人でも、スキャンダルや人気の低下、怪我によっては収入が保証されていないために、今の地位がいつまでもあるとは言えない時代である。

 しかし最低限日本人として、仕事をして、税金を納めて、子供に学習をさせることだけはやらないといけないと思う。なぜならこの3つは国民の三大義務だからである。
 うちのお袋が毎日畑に出て野菜作りをしている。仕事は大変だと言っているが、私はそれは仕事とは言わないと思う。まぁ、私は争いごとが嫌いだし、自分の言いたい事ばかりを言っていたのでは、家族と生活なんか出来ないものだ。母親は生まれた時からの農家育ちだし、私は農家の息子でありながら職人的な仕事をするサラリーマンである。価値観が合うわけがない。そんな中多少どころか半分以上納得できないと思いながらも、助け合って仲良くやっていけないのであれば、同居なんか難しい。しかしそんな中でも家族のありがたさは感じるし、いてもらえてどれだけ助かる事かと思っている。
 お袋がやっている事は、家庭菜園の大きくしたようなもので、それで収入を得ているわけではないし、税金を納めているわけではない。ただうちの台所には新鮮な野菜がある。それだけでも仕事に値することだし、ありがたい事なのだ。

 今回の河本さんの話が、仮に税金の無駄遣いと言うのであれば、それを堂々と言える人がはたしてどれだけいるのかと思う。福祉関係、公務員の給料などだけが、我々の税金の使い道ではない。気がついていないだけで、自分で解決できる事を、行政に余計な仕事をさせている事だってたくさんある。また他にも身近な事では道路を綺麗にしろ、信号を増やせ、橋を造れと言う事にしたってそうだ。しかしその道や橋は全国民のうち何%が使うのかと思う。それでも地方を良くして、少しでも住みやすい街にと、頑張っているわけだ。
 また離婚する人だってそうだ。生活に困ると真剣に考えれば、多少は我慢すると思う。しかし離婚しても生きていける何かがあるから出来るんだろうと思う。それって場合によっては税金使っている人もいませんか? 
 我慢している人は我慢して、その中からでも幸せを見つけて普通の生活をしている。
 しかし嫁さんの友達は、会社でもある程度の役職が付き、旦那さんはいらないけど子供が欲しいと言って未婚の母になり、手当をもらって、ディズニーランドや海外旅行に行ったり、車も乗り換えて優雅な生活をしている。
 昔の会社の女係長も手当が欲しいからと言う理由だけで、形式上離婚したが、旦那とは仲が良い。
 また嫁さんのアニキの元の嫁さんなんか、離婚しているのにアニキのところに子供を使って小遣いを取りに行かせ、生活保護など、もらえるものはもらって、毎日好きなもの食べてパチンコ三昧だ。それでも自分は一番不幸だと言う。

 たまたま私の周りにそう言う人が何人かいただけなのかも知れないが。

 前にも書いたかも知れませんが、旭川の田舎に生活保護を受けている女性がいる。娘さんは一緒に住もうと言ってくれていると言う。しかし叔母さんはたくさんの猫と自然の中で一緒に暮らしたいと言う理由で、一人暮らしをしている。しかし生活保護のために、市の職員が安否確認やゴミまで直接取りに行っている。医療費や交通費の事にしたって、バスが通らないようなところに住んでいるから、旭川市の負担になっている。人の価値観だから、猫を飼うなとは言えない。しかし猫を飼うと言う理由で、どれだけの税金が使われているかである。
 子供と一緒に住みたくない。親の面倒は見たくない。色々な角度から考えないといけない問題だと思うけど、子供として、親として、自分の子供に教育する立場として、色々な立場がありますよね。子供は親を真似しますよ。
 税金上げるな。親の面倒は見ない。これって私みたいに親と同居している人間にとっては矛盾を感じるし、逆に同居手当のようなものを出したら良いとお年寄りがテレビで言っていたけど、なるほどと感じる部分がある。子供を扶養する義務もあれば、親を扶養する義務もある。

 ただしっかりと頑張っている人もいる事は確かだ。嫁さんと同じバイトをしている人は旦那さんと死別して、現在は生活保護を受けているが、子供が成人するまでにはなんとか頑張るんだと言っている。性格も前向きで、私の大好きな人のひとりだ。

 新聞の見出しやネットなどでの本当かどうかもわからない、または大げさな記事だけを信用しないで、記者会見の河本さんの様子を全部見て、さらにはもっと色々なところに目を向けてみてから判断されても遅くないと思います。
 悪い部分もあるでしょうし、同情できる部分もあると思います。マスコミの意見が自分の意見だとは限りません。

 この問題は複雑ですし、私もまだまだ勉強不足かもしれません。間違っているところがあれば、コメントにお書きくだされば幸いです。


追伸
こんな記事を見つけました。

 本文中にも少し書いたけど、

【民法 第877条】
1 直系血族及び兄弟姉妹は,互いに扶養をする義務がある。
2 家庭裁判所は,特別の事情があるときは,前項に規定する場合のほか,3親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3 前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは,家庭裁判所は,その審判を取り消すことができる。


 が、しかし・・・


毎日.jp より
◇生活保護の受給資格
 1カ月以上の生活費を超える預金や現金を持っていないことが目安。居住自治体は、申請者が利用している可能性のある金融機関に預金照会し、親族にも扶養できるか確認する。民法は親族による扶養義務を定めているが、生活保護法は原則として本人の困窮状況を要件とし、たとえ親族が高収入を得ていても支給の妨げにはならない。


 ご参考に・・・。

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2012年5月25日 (金)

会社から買うメリットは?

 このブログを始めたきっかけになった事の一つに、身体に安全だと言うスキンケア、ヘアケア、メイクアップ製品やサプリメントを取り扱う事になった事があった。と言っても、嫁さんが中心であったが、私は栄養素に関しては元の仕事にも関わる事だし、これを機会に勉強する事にした。食べ物と言っても自然の物だから安全とは限らないし、収穫してすぐ食べるのと、時間を置くのでは若干の栄養価が変わる。さらには栽培地や天候など、様々な状況で違う物が出来る。
 食事の一番の目的は栄養素を摂取する事で、それが目的であればサプリメントとして栄養素が均一されている物を、普通の食事以外に接種する事がベストだと考えた。

 当時は通販やネットを通じて、この会社でしか買えない仕組みだった。
 しかしこの会社は個人事業主として活動できる事も出来、販売が中心ではない事業をやり、多くの収入を得る権利を持っている。しかしその中で、ないはずのノルマーを課せて、たくさんの買い取りをさせる物やするものが出来てきた。そのあまった製品を専門に買い取るネットショップが存在し、さらにはそれを安価で販売し、メンバーが購入するよりもさらに安い金額で購入できるのが今の現状である。

 うちではここの会社の製品を気にいっているので、昔は会社の会員になって購入していたが、成績や収入などは気にしないため、最近は格安店で購入している。違いとしては製品を開封したとき、本社であれば交換可能であるが、格安店はダメである。それくらいしか、私にはデメリットが感じられない。
 製品を気に入ったら、誰かに教える事があって、その人も気に入ったら、自分と同じように会社から直接購入できるように教えてあげる。これが基本である。この会社は一般的なコーマーシャルをしない代わりに、個人が口コミで流通を起こせば、その人に対してコマーシャル料が払われる仕組みである。ようは「教えてくれてありがとう代」とでも言うべきなのだろうか。こんな事をたくさん行う事で、組織が出来上がってくる。仲間意識も出てきて、中には良い人間関係を築ける事もある。

 しかし最初の頃は安くて良い物と言う製品が中心であったが、最近ではかなり高額な物と変わってきている。その道では名のある科学者などの研究の結果、アンチエイジングの時代はもう遅く、遺伝子から健康にしていくと言うところまで来ている。
 物は良いと思う。しかしそれを買える人間がどれほどいるのだろうか? しかしビジネスかぶれしている人はそれを購入し、ないはずのノルマーを果たすために買い込んでは横流しする。
 中には他の組織から引き抜いて行く事もある。うちの組織からも引き抜かれた。しかしうち自体が格安店から購入しているので、収入はここ数年ない。ただ引き抜かれていった人たちは、一度は会員資格を辞めてから、半年後でないと新たに会員になる事が出来ない。今はその状況で引き抜いた人から購入し、彼らへの収入へとなっている。
 ただその引き抜いた組織も、○○というトップの人がいるというが、会社のHPで調べられるので調べてみたが、名前がない。早い話が自分たちのために騙して引き抜いたと言う事になる。

 製品を使うと言う事は他人のためではない。自分のためである。誰かのためや成績のために買う物ではない。それが基本中の基本で、さらにはその安全性がわかっていたら、会社からわざわざ高い金額で買うメリットも考えられない。安く売っているところがあれば、そこから買えば良い事だし、私はそのように教えてきた。
 この会社のコンセプト、販売法の仕組みや製品に関する考え方は、世界の数社に入るほど、今でもすばらしいと思っている。しかしそのルールを完全に守れない人や、対策は取っているとは言え、それを厳守させる事が出来ない会社であれば、いくら正しいことで、間違いなくみんなのためになることでも、それを理解されないうちに悪評が出回り、詳しく知らない人の意見が大多数を占めることで、それが評判となり、敬遠される。

 なにが一番大切で、企業であれば、会社に携わった人になにをしてあげる事が出来るのか、また安全に守ってあげる事が出来るのかを考えて、より良い生活をと言うコンセプトを広めて欲しいと思う。

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2012年5月24日 (木)

禁酒令 ?

 いろいろ大変ですね。

 お酒の件はここでは何度も書いていますし、いくら怒りを書いても、飲まないお前にはわからないと言われそうです。私は飲まないのではないのです。アレルギーでヤバいんです。

 新聞などで毎日でている事件は酒か車が多いですよね。車に関しては、自動車学校などで教習や学科を習い、試験を受けて公道で走れますよと言う免許をもらうわけですよね。それに対して、起こしてはいけないミスを起こす事だって、あるかも知れないですし、事件だけを見るとひどいと思っても、状況を詳しく聞くと、もしかしたら誰にでも起こりうる事かも知れないと感じる事も多いです。ただこう言う事が多いと、それなりの対処が出来る場合がありますよね。ガードレールをつけるとか、中央分離帯をつける。道路を広げたり新道のような迂回道を作って本線を変える。信号や標識を増やす。時には法律を変えます。

 しかし酒に関しては、私が個人的に感じていることは「またか」のあとでなにか対応をしているのかと感じる。これが車絡みだと、車に関してのお酒絡みの罪はかわっている部分があるけど、お酒だけでの規制ってほとんどないと感じるんですよね。人によっては強さが違うから、どれくらい飲めば違法だとかと決めるのが難しいし、当たり前だけどお酒の飲み方やそれに対する作用や、被害者の実例などを学習しませんよね。小さな事件は酒のことだですまされるし、警察に行っても同じことを言われた事がある。次の日、酔いが覚めた時に謝られたけど、飲んでいれば後で謝りさえすれば何でも許されるのかと思う。

 落語で禁酒番屋と言う噺がある。桂文治師匠か柳家小さん師匠の噺が好きなんですけど。
 これも酒の席で大きな事件が起きたので、禁酒するようにしたんですけど、酒屋さんも売り上げが下がって困るし、それより隠れて飲む人もいるのでやめられない。

 タバコは受動喫煙で相手に迷惑かけるからと規制がかなり厳しくしている。しかしアルコールに関しては、どうしてもっと憎む気持ちを持てないのだろうか?
 ただこう言う事ってお酒が悪いわけではない。お酒を飲んで変わってしまうその人が悪い。このような変わってしまう人の考え方を変えない限り、嫌な思いをする人は消えない。嫌な思いだけならまだしも、犯罪に発展しているケースだってあるではないか。自分は飲むとこうなるとわかっていて飲むのは、やる気があるという悪意を感じる。これがもしも犯罪なら計画的ということで罪が重くなる。その人達の罪って重くならないのだろうか。また再び起こす「再犯」が多い。

 前にも書いたが、お酒が原因と見られる病気で、親戚でも3人が亡くなっている。公務員をやってた親戚が、酒代がなくて退職してまでお金を作り、家族に見放された例も見ている。こう書けば、飲む方が悪いと思われがちだが、私が見る限りは、家族がその人に接する態度が悪すぎるため、お酒でも飲まないと思ったんだと思う。家族の事は他人にはわからないが、私が見ている限りでは家族が悪いと見ている。お父さんが家族の事を愛していれば、そんな事はしないと思う。家族のために使うのなら自分で飲んだ方が良いと言っていたし。

 アルコールはタバコ以上に病気や家族崩壊を招き、中には事故を引き起こす恐ろしい「水」である。
 それでもお偉いさんが利用したり、アルコール産業を規制すると、集まってくるお金が少なくなるから真剣に議論しないのか?
 経済効果などの事もわからないわけではない。上手に使えばと言う事もわかる。
 しかしこれほど世間を騒がしているのに、何か対策を徹底しているようには思えない。
 そんな大人がどうやってこれからの人間の見本になるのだろうか?

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2012年5月23日 (水)

深山峠トリックアート美術館

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 久しぶりに出かけてきました。本州からお客さんが来たので、私も外の空気を吸いに行きました。たくさん行ったんですけど、今回は上富良野の深山峠トリックアート美術館の一部を紹介します。

 中には平面の絵画がほとんどなんですが、こんなトリッキーな写真が撮れました。

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 これ、手は私の実物です。あとは平面図です。

 他にもたくさんあったんですけど、ここは見るだけや写真を撮るだけではなく、このように合成っぽく遊ぶのが面白いですね。

 そんな中で平面ではなかった、一つの面白い作品を紹介します。

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 こういうのを遠近法とかって言うんでしたっけ?
 しかし角度を変えて、横に移動すると・・・


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 あれ? って思いませか?


 しかし、真横から見ると、な・っ・と・く・!


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 これが先の2枚のように見えるんです。

 他にも私の背中に天使の羽が生えました。募金の瓶があって、1万円入れようと思ったけど、入らないので辞めました。郵便ポストに手紙を入れるフリをしてきました。ホント楽しかったですね。
 今回のこの内容をブログに載せても良いですかと説明してくれたお姉さんに聞いてみると、どんどん載せて下さいとの事でしたので、約束通り載せましたからね。

 ただ以前にテレビで「行列のできる法律相談所」で放映された、入り口にある『X JAPAN」のYOSHIKIさんのアルバムや磯野貴理子さんの「めぇぇ〜!」と書かれた、値段は高額ではなかったですけど、この二つだけは撮影が禁止でした。

 ホント、不思議だったし、楽しませてもらいました。
 後ろに見える十勝岳もきれいだったなぁ。

今回お邪魔したところ
北海道空知郡上富良野町西8線北33号 深山峠
TEL 0167-45-6667
深山峠アートパーク トリックアート美術館

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2012年5月22日 (火)

金髪の友達

 いえ、私じゃないんです。息子の友達です。
 うちの息子はいたってノーマルです。私が禁止させているわけではないですが、髪を染める事のデメリットは教えてきております。特に外見よりも身体的に大きなダメージをもたらすということです。中には染色した翌日に亡くなっていたと言う事例もあります。

 さて健康管理士になった頃から色々勉強しているんですけど、毛を染めると言う事にはかなりのリスクがあるんですよ。
 経皮毒の件などですね。この経費毒は美と健康と言う考えからみたら、真逆と言うか、良くない事なんですよ。
 一部の報告では皮膚から吸収される毒素は約90%が排泄されずに体に残ると言われているんですね。

 また2種類を混ぜ合わせる毛染め剤がありますが、その中に過酸化水素が入っています。これは台所では漂白剤などで使われていますし、これを20〜30倍に薄めた物がオキシドールです。しかし、これには発ガン性があると言わ、化粧品に使うのが禁止されています。しかし法律のザルの部分と言うか、毛染めは髪の毛に使うもので、皮膚につけるものではありません。毛染めの時に皮膚にまでつけていないでしょうね?? って、そんなことあるわけないでしょう。

 よく毛を染めている人が、毛が途中で切れるとか、言いませんか? これはキューティクルを痛めてしまうためで、切れ毛だけではなく、抜け毛などの原因にもなるんですよ。

 さらに怖いのが毛細血管に繋がっているので、それを経由して全身に回ります。全体に回るのに約15分と言われています。肝臓や腎臓にも負担がかかりますが、それより女性は子宮に毒素がたまりやすく、また正確な結果が出ているわけではないので、ここではハッキリ言えませんが、シャンプーの毒素や、毛染めの毒素などの影響で、産まれてくる赤ちゃんの異常と無関係ではないような気がします。また子宮の病気は低年齢化しており、内膜症や筋腫などが小学4年生での例があります。
 また血液を酸性化し、悪玉菌が増えて冒頭に書いた心臓病や脳血管疾患の原因にもなります。

 男性だって人事ではありません。肝臓や循環器以外に前立腺などの病気も考えられます。

 毒素は口から入ればある程度消化され排出されますが、皮膚から入った物は厄介です。

 最近、髪を染めた人をよく見かけるし、お年寄りは白髪を隠すために、染めている人が多いです。
 私はそれは個性として、何色でも軽蔑するつもりはありませんが、ただ病気が増えると言う事は、国民の負担が増えると言う事です。それより何より、苦しい思いをするのは本人なんです。
 このブログの健康関連の記事には時々書いていますが、食べ物にしても化粧品やスキンケアにしても、すぐその場でトラブルが起これば、それが原因だと言う事でクレームをつけられますが、何年もかけて蝕まれた事には何が原因か特定する事は難しいです。
 後で大変な思いをされないように、一応知識として覚えておいて下さい。

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2012年5月21日 (月)

ドタキャン

 ドタキャンってありますよね。
 今日はあいつとご飯食べに行くんだと思っていたら、いきなり「予定入ったから無理」っていうやつ。

 私がドタキャンされて一番腹が立ったのが、私の結婚式だった。札幌の数人の仲間から出欠の返事が来ていなく、直前になると間違いなく返事できると言われた。それで一応来る前提で式場には準備をお願いしていた。前日の夜に電話すると、間違いなくみんなで行くからとのことだった。しかし来なかった。来なかった人たちは何の連絡も来なかったし、会費やお祝いも送ってこなかったので、数名分の代金を負担したのは当たり前の事だ。それより前日に約束したのに、と思った。

 昔は自分もドタキャンの常習犯だった。予定していても気分が乗らないと言うだけで、やめた事もあった。
 ある時も先輩から時間があったら釣りに乗せて行ってくれと言われたので、時間があればと言う返事をしていた。釣りと言っても一緒に住んでいる寮から車で15分ぐらいのところの港で、先輩は車を持っていなかったので、寮の中で車を持っている人の勤務状況を見て声をかけていた。
 だんだんその日が近くなって「頼めるか?」と言われたので、「良いですよ」と答えた。
 しかし、当日になり私はその事をすっかり忘れていた。仕事が予定より早く終わったことで舞い上がってしまったのだ。時間がもったいないと思ってドライブに出かけてしまった。思い切り楽しんできて、お土産まで買って帰ってきた。寮の仲間に楽しかったと言う話をしていた時に、先輩が現れて「お前今日飲みに行くぞ」と言われた。

 少ししてから思い出した。これは説教だなと思った。
 しかし酒を飲みながらの話は、とても穏やかだった。いつものように仕事の話をし始めた。あれ?と思ったんだけど、そのまま仕事の話は続いた。明日お互いに早番だから早めに帰ろうと言われ、店を出た時に私から「今日は申し訳ありませんでした」と謝った。そうしたら、隣で飲み直そうと言われて、焼き鳥屋さんでの二次会になった。
 席に着いて、きっと怒られると思って、もう一度謝った。しかし先輩の言い分は、忘れたと言うのなら仕方がないと言う。今回の一件は忘れたお前も悪いが、俺はお前にとってまだまだなんだなぁと思ったから、俺も反省していると言う。でもこういう小さな約束をいい加減にしていると、後で気がついた頃には信頼がなくなってる物なんだと言う。その時は言葉の意味がわからなかった。

 葬式と結婚式ってわかるかと言われた。どちらも大事な事で行かなければいけない事だ。しかし通夜や葬式はドタキャンがないのに、結婚式はあると言う。それは決めてから時間がないのとある事の違いだと言う。予定がが長い時は決めた時の気持ちが薄れてしまうことがある。なぜ前から決めていた事に対して新しく予定を入れ、そちらを優先させるのだろうか。中には緊急事態でと言うケースもあるだろうし、それは自分の価値観で決めるしかないことだってある。
 しかし前から約束しているのに、その約束を踏みにじるほどの約束って何があるんだろうと思うし、予定があるのなら、そこは埋まっていると言う事で別な日や時間にするべきだ。実はそう言う事って人を軽く見ていると言う事だと言う。
 もしも約束した相手がお前の好きな有名人だったり、エラい人だったり、これを逃すともう会えないと言う人でも、友達に会う約束をしたら、最初の予定を蹴飛ばすのかと言われた。

 目の前で敬語を使い、へりくだった態度をとるだけが、相手に対する敬意ではない。またお前もそれだけで喜んでいる事があるけど、そう言う人間になるな。心の底から信頼されるような人になって、お前のためだったらと言って、時間を作ってくれるような人間になれと教えてくれた。

 私は自分が腹が立った時に、相手を罵倒したり、とにかく自分は悪くない、被害者だと考える事がほとんどだった。
 またそれを相手にぶつけていた。
 しかしそう言われてみれば、よほどの大きなミスであれば覚えているが、約束を破ったことで怒られた事って、意外と覚えていない。
 それより先輩のように、理屈を教えると言うか、指導してくる方が忘れないし、自分がどうするべきかまで教えてもらえる。一発叩かれるよりあとあとずっと効いてくる。
 罵倒するより、教育するのが、先輩の役割なんだと教えてもらった。

 その先輩は生きていれば定年を迎えていたはずだけど、その前に認知症のような症状が出て、仕事を途中で辞めたはずである。私も職場を辞めてから何年か後に行った時には、一目では気づいてもらえなかった。その後認知症がひどくなって、強制退職になったようだ。毎日お酒を飲んでいて、晩年は孤独な生活になり、札幌の親元に行ったと言う事は聞いているけど、会いたくてもどこにいるのかがわからない。

 先輩はプロとしての仕事の仕方、考え方を教えてくれたばかりではなかった。人付き合いが下手だった私を見捨てず、よくかわいがってくれた。地味な人だったが、仕事では理想で目標の先輩であると言いたいが、先輩を超えるとしたら、定年までは無理だろうと感じる。

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2012年5月20日 (日)

逃げ道を作る

 うちの長男が最近成長してきて、色々な意見を言ってくるようになった。
 元々、時間を作ってじっくり話を聞いたりしている。
 でもほとんどは職場の事で、いろいろと大変なようだ。
 ただそう言う事はどこにでもある事だし、代わってあげられる物でもない。自分で乗り越えるしかない。

 しかし、息子の会話には、相手に逃げ道を作っていない。それは以前から注意してきた事なんだけど、なかなか実践できないでいる。私も同じような言い方をしているのかも知れないと、嫁さんに聞いてみたりしたが、違うと言ってくれた。逃げ道を作らないと、一方的に打ち負かしたり、理屈や理論、法律などで相手を押さえつけても、それ以外の事ってあるものだし、向こうが先輩ならそれなりのプライドだってあるだろうから、難しいと思う。

 息子は私と同じ完璧主義だ。しかし、私は長年の経験から、いくら自分が正しくたって、法律が味方しているとしたって、出来ない事や通らない事があると言う事を経験している。ものすごく悔しいことだが、仕方がない事もあるのだ。今はその辺りを学んでいるところなんだろうと思う。熱くなっている時に、いくら言っても無理なので、冷静になってからゆっくり説明しているが、それでも「それはわかるんだけど・・」と思っているようだ。
 この前はよっぽど頭に来たのか、ぶん殴ってやろうかと思っていると言う。でもお父さんがよく言っていた、少し時間をおいてから考えろと言う言葉を思い出してくれたみたいで、その時はなんとか納めて、帰ってきてから色々と話をし始めた。確かに息子の意見だけで判断すると、腹が立つ。でも向こうの言い分も聞かないと判断できない。まさか親が乗り込むわけにはいかないから、自分で乗り越えるしかない。

 ところで殴り合いの喧嘩は、例えその場で勝ってもそれが二人の間での勝利にはならない。さらに周りを巻き込むと、敗者になる事だって多いのだ。相手が上司だと余計そうなる。手を挙げた方が負けるものだ。

 以前、クセのある臨時職員がいた。もう以前の会社を定年退職し、小遣い稼ぎできていたが、あまりにも上から目線で、みんなから無視されるようになった。そうなると仕事で面白い事があったとかで、なんとかみんなを和まそうとしているのだが、見ていて空しい。誰も相手にする人がいなくなっていた。
 しかしある時、重大な事件が起きた。私が責任者で作業を行った仕事で、施錠をするべき作業を全部していなかったと笑いながら言い出した。それで慌てて現場に行こうとしたら、もうオレが閉めてきたと言う。1カ所と言うなら、まだ100歩譲って理解できる。私は全て解錠して作業はしない。一緒に作業に行った臨時職員も、それはないと言ってくれた。それに仮にそうであっても、作業が終わった時間と、言い出した時間では不自然なのだ。その人が施錠をしてきた割には時間がなさすぎる。まして鍵は正職員以外触ってはいけないのだ。上司が、それが本当の事なら大変だぞと言ってから、向こうの顔色が変わった。私はいつものウソだと確信した。
 しかし上司は真意も確かめず、事もあろうに急いで会社に報告した。課長が来て、どうなんだという事情聴取が始まった。オヤジの意見を聞いて、私の意見も聞いてくれて、さらに一緒に作業に行った臨時職員の人も説明してくれた。そうなるとそのオヤジも引っ込みがつかなくなったんだろう。「お前達はいつもそうやってみんなでオレの事を・・・」と泣き始めた。それを見ていた課長は、真意はともかく、大の大人を泣かすような事を今までやっていた事に疑問を感じるということで、俺では判断できないからと言い出した。そんなに大事になるほどの事ではないはずだ。いくら私が意見を言っても、水掛け論だからと言われて、何も言えなくなった。
 結果、私は確認を怠って危険な状態にしたと言う事で、給料1ヶ月間10%カットになった。納得できなかった。

 しかししばらくして、よくサボるクセがあったオヤジは、そのサボり先にいる職員に、私が生意気だから懲らしめてやったと口にした。それを聞いた途端、私は本気でぶん殴ろうと思った。しかしそれを察した上司に止められた。殴ったらお前が認めた事になるし、傷害事件になるとお前が捕まってしまう。それではお前にとって何のプラスにもならないんだと言う。
 それでその場は理解して、気持ちを納めたが、悔しさは忘れられない。それからはオヤジがやっている事で、仕事中にサボる事やお客様への言動など、ダメな事はダメだと上司に事ある毎に報告した。それは同僚にもお願い(指導と言うべきか)して、オヤジを良く思っていない人がほとんどみんなやるようになった。
 それでそのオヤジは翌年は勤務態度不適格で採用にならなかった。
 こう書くと意地汚く思う人もいるかも知れない。しかし警察や裁判沙汰にするほどのことではないが、明らかな嫌がらせによって給料の一部がカットされたほどの怒りを、忘れられるわけではない。それにちょっとタバコでもと言うレベルなら良いけど、女性従業員がいるところにこもって、コーヒーを飲んだり、世間話をしたりで30分も1時間も出てこないと言うのはどこからどう見ても良くない。それを目についた職員が上司に報告する事は悪い事ではない。その報告があまりにも多くて、さばききれなくて会社に報告したんだと思う。私がやった事はいたって合法的にやったまでです。ウソはついていませんし、やってもいない事をでっち上げて、その人の給料を下げるような事まではしていません。
 生活があると言うなら、こちらも同じです。なにもそこまで・・・、と言われても、こちらも同じ意見です。

 その場で懲らしめたと言っても、それが本当に良かった事なんでしょうか? 私が普段から悪い事をしているのなら、その報いだと言えますけど、話をでっち上げてまでと言うのは、卑怯ですよね。
 そこで私が手を挙げていたと考えたら、ゾッとしますね。

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2012年5月19日 (土)

殴ればすむ問題ではない

 ちょっと出かけてみると、子供と喧嘩している親が多いものだと思う。正確には喧嘩ではなくて、権力で押さえつけようとしているように思う。
 私はそう言うのを見るのが嫌な方だ。
 喧嘩と言うのは見ていて気持ちの良いものではない。一番残念に思うのが、両方とも自分の意見を強要しているだけで、お互いに冷静になっていない。実は昨日スーパーで見た親子喧嘩は、腹が立った親が子供を押し付けた事で、私の体に子供がぶつかってきて、私が持っていた買い物かごを落としてしまうほどだった。それでも親は私には謝らない。まず親が問題だと思った。その親が何を教育できるんだろう。

 どうして子供だと言っても、ひとりの人間の意見として聞けないんだろうと思う。これは子育てだけではない。会社などでもハッキリ言って、大した事ない先輩は後輩の意見に対して、軽くあしらったり、笑いですましたりで相手にしてくれない。もっとひどい時は怒鳴ってきたりする。だからいつまでも成長出来ないんだと思う。それとは逆に、どうしてそう考えるんだ?とか、それをする事によるメリットは?と聞いてくる先輩は、実は色々な事を知っているし、多分私が言った意見は想定内の考えの中にある事が多いと思う。

 子供とは言っても、同じ目線になって、向こうの言い分を聞いて、こちらの言い分を言えば良い事だけだと思う。よく面倒だとか、お前みたいに気の長いヤツなら出来ると言われるが、私は決して気の長い方ではない。せっかちで短気である。しかしこちらの意見を正確に伝えようと思えば、そんなに大変な事ではない。
 例えば子供がものを欲しがる時って意外とその場だけの場合が多い。それに対して後で買ってあげるとその場しのぎをすると、意外と覚えているものだし、その約束を守らない親に対して反感を持つ。
 強引に「行くよ!」と引きずってその場を逃れると、大声で泣いている事が多いが、それは買ってもらえない事よりも、自分の事をわかってもらえない悔しさや寂しさの方が大きいはずだ。

 うちの息子はだだをこねて困ったと言う経験がない。普通の子だったから、店に行って物を欲しがる事もあった。その時はまず一緒に「おっ、それ良いかもね」と言う。少ない金額の時は、その場で決めないで、他にも用事があるんだけど、一緒に付いてきてくれるかい? と言ってから、その場を離れる。用事の内容や目的を話して、今日持ってきているお金の額を子供にも教える。そのあとで、用事が終わってお金が残っていれば買うから、まだ欲しいと思っていて、お父さんが忘れているようなら教えてと言っておく。それで用事を決める時に、お前からも意見があれば教えてくれないかと言う。そうすると、子供は得意になって、用事に付き合ってくれる。用事が終わった後は、当然子供もいくら残っているのかがわかっているわけで、子供なりに考えるんだと思う。それでも欲しがる時は買う。お財布事情や時間をおいても気持ちが変わらなかったと言う事だし、それは私から言った約束だから。またそう言う時に買ったものは、意外と大切にする。
 大きなものの時も、同じように財布の中を教える。そこで今回はどうしてもお金が足りないんだ、でも気持ちはわかったから、お父さんからお母さんと相談してみると伝える。そこで嫁さんから、今お金がないんだけど、来月のお給料が出た後でも良いかなと子供にお願いする。お金があるとかないとかは問題ではない。まず一息つかせて、冷静に必要かどうかを考えさせるためだ。その時にまだどうしても欲しいと思っていたり、二人が忘れていて声をかけない時は教えてと言っておく。

 うちの場合は親がしっかりしていないと思われているのか、逆に心配される事が多くなった。光熱費などを少しでも浮かせようと考えた時は、何か良い方法がないかと逆に子供に聞いてみる。その結果、厚着をしてストーブを省エネにしてくれたり、必要のない電気を切ってくれたりした。水の大切さも教えていたから、蛇口を最大に開いたり、流しっぱなしにして使う事はほとんどない。新聞のチラシを見て、ここが安いみたいと言ってきた事もあった。

 ただそんな中でも、ここが大人と子供の違いなんだと言う事は教えてきた。
 国民の三大義務である。わざわざ書く事でもないですけど、勤労、納税、子供に教育を受けさせると言う事ですよね。この日本人の義務を小さい時からわかりやすく話してきた。だからまだ人から給料をもらわないで、税金を納めていないと言う事は、まだ一人前じゃないと認められてないんだと言う事だ。その義務を果たしてから、大人のやり方や地方自治、国などに意見する事が出来る。それでも意見があるのなら、学校に行きながら働いて、税金を納めてから言えと伝えてある。それまでは家族と助け合いながら仲良くしていないとダメなんだと言う事だ。

 子供だからと言っても話せばわかる。向こうの気持ちも「どうして?」「なんで?」とゆっくり聞いてあげれば良いと思う。子供の考えはある程度わかるし、そこでこちらの立場も気持ちを込めて伝えればわかってもらえる。でも言うからには自分もしなければいけない事で、良い意味での緊張感がある。

 この子育てが100%正しいとは思えない。意外と打たれ弱いかなと思う事もある。それは私の失敗した部分でもあるので、これから直していきたいと思う。
 基本は意地悪しないで、仲良くという事だと思う。そのためには子供の意見も理解してあげる事が必要だと思う。

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2012年5月18日 (金)

悪評があるから向上できる

 最近、元の職場の評判が良くない。
 聞こえてくる話は、以前ほどの親近感がなくなったとか、職員の対応が変わったと言う。
 なんとなくあまり気持ちの良い感じはしないものだ。

 確かに仕事と言うレベルで考えると、かなり上がっていると思う。後輩たちも知識が豊富だし、新しい技術も覚えて、たくさんの成果を上げている。
 ただ私も経験した事だが、同じ同業の仲間に認められる事でも、一般の人には難しくて支持されないということがある。どちらもおろそかには出来ないことなのだ。そこにジレンマが生じる。
 特にマイナーな事や、同じものを扱っていてもテレビなどで放映される人がいて、テレビに出れないと言う事=評価されていないと言うイメージを持っている人が多い。しかし裏側を詳しく理解してもらうと、とんでもない事だと言う人がほとんどである。
 内容はとてもこの中では書ける事ではないし、そんな事をしたらおそらく大炎上だと思う。

 それはそれとして、問題は悪評が多いから悪いと言うものではないと、私は考えている。良い話だけが評価ではないというのはわかると思うけど、悪評も大切な意見なのだ。
 中にはこれは譲れないと言う部分がある。しかし何のために、誰のために、何が目的で、などと言う事を考えていくと、見方が変わってくる。世間の意見と言うのが、つまりは自分たちに求められている事で、だからと言ってそれをしていては良くない。やる事はやるけど、あまりにも手の届かないくらいの仕事だけをしていても、それでは味方になってくれる人は少ないのだ。両方やらないといけない。
 野球などでは球場に見に行くとものすごい迫力だと感じる。それはそれで楽しめる。私は未経験者なので、プレーを見ていて、どうして?と思うことがあるが、そこはテレビやラジオの解説者の話で、今のプレーの意味がわかったり、選手の心理がわかる事がある。

 私はよく身内にこんな仕事を予定しているけど、どう思う? と聞いていた。
 解説の時の話すネタも、まず家族に話してみて意見を聞いた。わかりにくいと言われる事があるが、実はこれが重要な意見なのだ。みんなはこう言う部分がわかりにくいものなのかと感じる。家族ですらわからないと言う事を、一般の人が理解してもらえる訳がない。

 どんなに自分では正しい事をしていても、それを理解してもらわないと意味がない。
 多くの人が世の中に役立つような事を研究している。それを上手にわかりやすく教えてもらえてこそ、その研究がさらに生きてくる。それが自分たちにとって、どういうメリットがあるとか、これをしない時のデメリットなどがわかれば、応援する人が増える。

 今は聞く耳を持っていないようだ。貯金のようなものがあり、それがあるうちは実感できない事だと思う。でも近いうちに考え方を変えないといけないと思う日が必ず来る。
 でも一度は乗り越えてきたんだから、もう少し時間がかかるかも知れないけど、何をするべきかがわかってくれると思う。
 それでも昔よりレベルはかなり高いですけどね。グッドラックです。

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2012年5月17日 (木)

真剣な表情は輝いていますね

 特にスポーツ選手の真剣な顔って、普段の表情とのギャップが大きくてカッコいいと思います。
 今年はオリンピックイヤーでボチボチ予選が始まっていたり、もう既に決まった種目もありますね。

 みんな頑張っているんだと思います。でも代表に選ばれるかどうかって、わずかな差だと言う場合が多いですよね。この前聞いた水泳選手の話では、わずか指の第二間接の差で勝負が決まった事があると言ってました。やり直しがきかないし、オリンピック目指して何年も厳しいトレーニングを積んで来た結果としては、その差で決まる言うのはなんか可哀想な気がします。でもそれが勝負の世界ですもんね。

 でも試合中とインタビューの時のギャップってすごいと思う事が多いです。きっと普通の人に戻る時なんでしょうかね。いや逆かも知れない。勝負の時に変わると言う方が正しいですね。
 きっと普通の集中力ではないんでしょうね。4年前からそこに目標を置いて、過酷な練習をしてきて、当日に集中力やコンディションを合わせると言う、私から考えたら神業のような事をしているんだと思います。それでも勝ち負けはついてしまう。
 ただ中には金メダルしかいらないと言う人もいて、それ以外だと意味がないと言う選手もいます。考え方や取り組み方で、遊びとして楽しんでいる人もいれば、世界一を目指している人もいます。そういう意味では普通のサラリーマンにはない幅広い選択肢がありますよね。

 ただ私が我が国に感じている事は、スポーツや芸術などの分野でもある程度の結果を出したり、長年やって来た人に対して、将来を約束するようなことをもう少し国民にアピールして、その世界でも指導者として晩年を迎えられると言う社会にしたり、スポーツをもっと浸透させた方がいいと思います。それは国の仕事でもあるかも知れませんが、一番は選手や関係者だと思うんですね。役人や周りの人はそのスポーツの深さをわからない人が多いわけですから、わかっている人が動くのがベストだと思います。私の仕事もそうですもん。昔は知らない人に腹が立ちましたが、よく考えるとわからないのが当たり前で、誰が教えるって言っても、その立場にいる人じゃないと教えられないですもんね。

 親父やお袋の代ではスポーツは遊びの延長でと言う感覚が強く、そう言う人たちが子供を育てるわけだから、特に情報を取り入れない限り、そう言う感情は持ってしまうと思います。
 でも他の国では結果を出せばアパートをもらえて、さらには指導者として国のためにと言うところもあり、国から体育館を支給され、指導責任者として多くの選手を小さいうちから育て上げると言う国もあります。
 こういう書き方をすると、比較するなと言われる方もいるかも知れませんが、でもせっかく身につけた技術や経験を後世に伝えていかない方が、もったいないと思うんです。もしかしたらマイナーな競技だったのが、スター選手が出てきてメジャーになり、大きな経済を動かすかも知れません。
 見ているものは勝った負けたとしか思わないかも知れないけど、中にはそれに夢を持つ人が出てきたり、人に大きな影響を与える事だってあると思います。
 普通に生きていくと言う選択肢もありますが、こういう生き方だってありだと思う。

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2012年5月16日 (水)

すげぇ〜!

 最近、動画サイトで見つけたんですけど、ギターリストたちの飲み会のような感じだと思うんですが、技術がある人ってこんな場所でもすごい演奏が出来るんですね。
 曲は昔よく見ていた、太陽にほえろのメインテーマでした。私はこの番組が好きで、サントラまで買ったぐらい気に入っている音楽なんです。昔は映像がなかったので、音楽を聴くだけで、どんな演奏をしているのかよくわからなかったんです。でも最近は動画サイトを探せば結構見つかりますよね。

 知り合いでベースを弾いて30年と言う人がいて、以前はライブとかよく行っていたんですけど、色々なジャンルの曲が弾けて格好良かった。その頃はアマチュアバンドだったんですけど、最近はプロの仕事をしているようで、なんとなく手の届かない人になったような気がします。どうやって覚えたのと聞いたら、楽譜は見ないで、全部耳コピーだと言ってました。私にはよくわからないですけど、彼には聴き分けられるそうです。それと1曲弾くと長くて飽きるので、テレビのCMの音楽をコピーして覚えていったそうです。楽器が出来る事で、たくさんの友達が出来たと言っていました。音楽仲間って良いものなんでしょうね。

 この映像はステージとは違うラフな感じで、みんなすごく楽しんでいるみたいです。
 同性代の人だったら、たまらないでしょうね。私なんかお金払ってでも生で見たいです。
 こんな風に目の前で弾いてもらえたら、泣くかも知れないですね(笑)。

あの有名ギタリスト達がやってみた!「太陽にほえろ!メインテーマ」
http://www.youtube.com/watch?v=kMpOA8JrK5A&feature=related


※お詫び
昨日の「関取さん」の記事の一部に間違いがありましたので、誤った箇所を削除しました。
勉強不足ですみません。
ご迷惑をおかけした方がいらっしゃいましたら、深く詫び申し上げます。
今後ともよろしくお願いします。

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2012年5月15日 (火)

関取さん

 以前、相撲には興味がないと書いたんですけど、親戚がアナウンサーで実況をしているので、その時間を調べて、リアルタイムでは無理なので、彼の時だけ録画してみています。

 関取はすごく太っていると言うイメージだったが、実は体脂肪率はそれほど高くなくて、健康管理士になってから調べてみたんですけど、幕内力士の平均体脂肪率は23.5%だそうです。ということは、力士は皮下脂肪はついていても、内臓脂肪は体形の割には少ないんです。以前活躍した小錦関でも内臓脂肪は常に20代だったそうですね。また糖尿病になる確率も低いと言っていました。
 食べ物と運動の関係なんでしょうね。

 ずっと前に異種格闘技というようなものが流行りましたよね。プロレス対ボクシングとか、柔道など、何度か見た記憶があります。以前の職場の上司は柔道をやっていて、その人が言うには相撲が一番強いだろうと言っていた。とにかく鍛えているからパワーがあるし、多少殴られても大丈夫ではないかと言う話だった。
 しかしかなり前にアメリカンフットボールの公式戦が日本で行われた事があった。PRを兼ねてだと思うけど、アメリカから来日したアメリカンフットボールの前線にいるラインメンの選手が、当時の現役横綱大ノ国関とガチンコでぶつかり合った。しかしどちらも下がらなかった。アメフトのラインメンは相撲よりもかなり複雑な動きをする。ランプレイの時はランニングバックが進めるように隙間を作るなどの動きをするし、パスプレイだとパスを投げるクォーターバックを敵から守る。つまり正面の相手だけをターゲットにしている訳ではない。いろいろなフォーメーションがあって、そのプレイ毎にどの選手をブロックするのかということが違う。前後左右に素早く動かないといけない。
 そう考えると、相撲はもちろん手を使ってまわしを取りに行ったりするが、アメフトではそう言う事がないし、その映像を見ていて日本の相撲ってこの程度かと感じた。
 また元力士が格闘技に転身したりしているが、相撲の世界では最高峰にいても、プロレスでは何人かいるけど、真剣勝負の格闘技ではそれほど活躍している人を見た事がない。
 ただ餅は餅屋だと思う。日本の横綱だった人がNFLに挑戦したけど上手くいかなかったり、向こうから来たりした事もある。

 今回は関取は単に太っているだけだというネットの記事を見て、少し書こうかなと思いました。彼らは実は鍛えられた肉体を持っているんだと言う事ですね。
 その割には相撲に対して、応援するような記事にはなっていないですけど。
 理由は以下の過去記事をご参考に・・・
2011年11月17日 (木)
昔読んだ本
http://asahikawa-kenkou.cocolog-nifty.com/kenkoujouhou/2011/11/post-a94e.html

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2012年5月14日 (月)

これはおしゃれ、15の靴ひもの結び方

 らばQというホームページをご存知ですか?
 なかなか興味深い事がたくさん書かれていて、よく拝見しているんですけど、この記事も面白いですね。
 私はあまりおしゃれには関心がない方なんで、靴も普通のスニーカーのようなものが多いんですけど、運動靴などひもを使う靴って、学生時代から今まで使っています。最近はマジックテープを使うものも出てますけど、私はなんとなくひもの方が好きなんです。
 でもひもの結び方はワンパターンなんです。
 たまに他の人が違う結び方をしていたら、どうやっているんだろうと思いますが、わざわざ聞くほどの事でもないですしね。ただ色々な方法があるというのは知っていました。

 そこで見つけたのが、この記事なんですよ。
 どれも面白そうだなと思いました。
 履きやすいかどうかは別として、こう言うところでおしゃれをしても面白いかも知れないですね。

 ここには他にも色々なお話がありますから、お気に入りのHPのひとつにしてはどうでしょうか?

これはおしゃれ、15の靴ひもの結び方
http://labaq.com/archives/50791577.html

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2012年5月13日 (日)

吐いた唾は飲めない

 亡くなった母方の祖父が私に贈ってくれた言葉です。

 胃ガンで入院していて、学校帰りの道に病院があった。私が小学校の低学年だった頃で、その時でもなんとなく手ぶらで行くものではないと言う事がわかっていたけど、お金がない。だから道ばたに生えているタンポポを出来るだけ集めて毎日持って行ったものだった。
 病室では時々札幌の同じ年の従兄弟からオール100点のテスト用紙が手紙と一緒に届けられていて、自分には自慢が出来る事が何もなかった。
 物静かで口数が少なく、見舞いに行っても喜んでいるのかわからなかった。それでもお小遣いが貯まったら、コンデンスミルクを買ってあげる事が私にとっては何かしてあげたと言う満足感が実感できる時だったし、喜んだ顔が見れるかなと思って持って行った。

 病気がかなり進み、起き上がるのも大変になって来た頃に、筆を持って私のノートに「吐いた唾は飲めない」と言う言葉を書いてくれた。
 子供なりに意味はわかったが、正直たったこんな当たり前の言葉で、それがどうしたと思った。

 それから少しして祖父は多くの人に見守られながら亡くなった。多くの人が泣いていたけど、私は泣けなかった。

 中学生頃だったと思うけど、法事があった。
 その時に祖母から「じいちゃんはお前が来るのを毎日待っていたんだよ」と言われた。時間が来ると、まだ来ないのかと言ったり、病室から出られないから、私が持って行くタンポポの花がすごく嬉しかったらしい。農家だったので、ある意味タンポポは邪魔な雑草だったのに、病室で見ると綺麗なものだなと言っていたと言う。人を差別する人ではなかったけど、でも孫の中では一番優しい大人になるだろうと何度も話していたそうだ。

 初めて聞く言葉だった。
 見舞いに行っても、嬉しそうな態度や言葉もなかったし、何を考えている人なのかがわからなかった。ただなんとなく帰る途中に顔を出していただけだった。そんな祖父が私に対してそんな事を考えていたんだと思うと、なぜか涙が止まらなかった。

 大人になってからあの時の「吐いた唾は飲めない」と書かれた小学生の頃のノートを見つけた。
 こんな言葉書いてくれたっけと思ったけど、でもよく考えてみた。
 どういう意味なんだろう?
 吐いた唾は飲めない・・・・・・・

 私なりに解釈した事は、一度口に出した事は消す事が出来ないと言う意味なのかなと思った。その場で思ったことを言ってしまう事はよくある事だ。しかし、もっと冷静に考えてから正しい事を言わないと相手を傷つける事があったり、中には取り返しがつかない事があると言う意味なのかも知れない。
 間違いは誰にでもあると思う。後から訂正したり、それに対して謝る事だってある。でも私の思いが伝わって許してもらえたとしても、相手に対して一時期でも嫌な思いをさせた事は消せない。

 よく言いたいことを言って、すぐに言い過ぎましたとか、ごめんなさいと言う人がいる。自分が間違っていると思えば、謝ることは大切だけど、なんでもかんでも謝れば良いと言うものではないと思う。

 祖父が贈ってくれた言葉は深くて、多分まだ正確に解釈できていないと思う。これからどんどんわかってくる事なのかも知れない。
 凄い人だったと思う。
 でもそんな事がわかったのが、亡くなってずいぶん経ってからだった。
 もしもまだ生きていたのなら、もっともっと教えてもらいたい事がたくさんあったのに・・・。

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2012年5月12日 (土)

俺はあなたにではなく、社長に雇われている

 よく聞く言葉ですね。
 最近は臨時雇用の人が増えて、都合の良い時は「おまえは正職員なんだから」と言いながら、なにか気に入らないことがあれば、言われる言葉です。
 若い人なら先輩が教えるのが責任だと思いますが、ある程度の年齢の人から言われるのは、社会の仕組みがわからないのかと思います。

 私が今までいた職場に限っては、上司や責任者の言う事は、ある意味会社からの命令だと考えます。それで問題があれば、その人ではなく、言った人や上司に責任が行くわけですからね。

 大きな会社であればあるほど、社長が出しゃばると上手くいかないと思います。方向性や目標を決めて、あとは部下に任せ、その部下はさらに現場の長や責任者に命令を出すと言う事が普通かなと思います。

 うちの息子は職場の悪口ばかり言っています。不満は誰にでもある事なので、普通の事だと思いますが、これが家族の間や親友にならまだ許せます。でも多くの人に愚痴るのはやめろと教えています。なぜならその人が命令して入社したわけでなく、自分で決めて勤めているわけですよね。辛抱も大切かも知れませんが、そんなに嫌ならもっと良いところに就職すれば良い事だし、力や能力があれば世間から呼ばれるところがあると思います。でもそう言う不満はどこに行っても同じ理由で不満を感じるケースが多いですよね。世の中って意外と適材適所に収まっているもので、社長をやる人はそれなりの事をしていると思いますが、その方向性が違うと会社でも職員でも自然と消えます。また嫌な事がある度に辞めていては、いつまでもそれまでじゃないかなと思います。いくら自分が正しいと思っても、組織で認められなければ意味がない事ですし、認められるにはある程度の実績が必要な事が多いですよね。

 息子は学生で、正職員で勤めるほど時間がないので、臨時雇用と言う形です。しかし将来の目標は持っているようです。臨時雇用を差別するつもりはありませんし、そう言う人でも仕事のできる人はいます。しかし今の立場では仕方のないことだと思う。

 今回書く事にしたきっかけは私が言われた事で、相手は私よりはるかに若い臨時職員でした。若い分仕事のスピードが早く、仕事を覚えるのも感心しました。それは認めています。私も昔はそうだったから、言われたからと言って、怒っているわけでもありません。むしろそれくらいでないと、良い仕事はできないと思います。
 しかし人間は仕事だけが人としての計りにかけられるものではないと思います。仕事から一歩離れると、普通の人になりますから、その時点では別の評価をされると思います。彼は30才までは好きな事をすると言っています。それは人の価値観なので否定はしません。でも私は違う考えです。30才まで仕事ではある程度の地位を確立させて、家庭ではそこそこの基盤を作っておきたいと思っていました。定年前までに子供たちを独り立ちさせると考えていました。
 でもどちらが正しいかというわけではないでしょう?

 自分の価値観が世の中の常識ではないと思いますから、私はもっとたくさんの人の意見を聞いてみたいと思いますね。

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2012年5月11日 (金)

ブログパーツ増設

 このブログ、少し様子が変わったでしょう?
 なんか、毎日難しい話しか書けなくて、面白みがないなぁと感じて、にぎやかにしようと思いました。

 ブログパーツででもと思い、いくつかピックアップしましたが、あまり貼りすぎても重くなる人もいるでしょうし、かなり迷いました。・・・、5分ぐらい(笑)。
 でも基本は自分の興味があるものばかりで、皆さんの気持ちは考える余裕がありませんでした・・・という言い方が良さそうかなぁ。

 古くから使っているのがNHKさんの時計です。2種類あったのですが、これはやっぱり親しみのある昔の方が良いかなと思いました。

 一度休んでいたブログを復活させた時に貼ったのが、相田みつをさんです。昔から好きだったんです。
 これもクリックすると、他の言葉が見られますね。

 雑誌の中吊りって面白そうでしょう? 私はあまり見る機会がないのですが、たまに東京に行った時に電車に乗ると、ついつい眺めているうちに購買意欲が高まります。こんなのがブログパーツであるんですね。虫メガネのマークをクリックすると拡大されるし、三角マークをクリックすると何種類あるのかなわかりませんが、たくさん見られます。そこで購入も出来るみたいですよ。

 あとは大好きな野球関係を二つ。順位表とニュースです。個人的にはファイターズのフアンなんですけど、他の球団のニュースも見たいので、全体のものにしました。
 元々このブログでプロ野球リンクというコーナーがあり、「プロ野球Freak」というHPに行けるようにしていますけど、ここはニュースや記録、選手ブログ更新情報などがあり、個人的には結構見ているんですよね。こんな記録まで載せているんだと言うものもありますよ。
 そこのHPで用意されているブログパーツで、クリックすると飛べますから野球好きの方や興味がある方は面白いと思います。

 これからも少し遊び心を取り入れて行く事にします。

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2012年5月10日 (木)

またアルコール問題ですよ

 北海道のある大学で、急性アルコール中毒のため、9人が病院に搬送されたという報道があった。
 地元の新聞でも大きく取り上げられ、テレビでもかなり多めに時間を使っていた。
 報道は大げさな部分や、時にはない事まで作り上げられる事もあるので、私は実際にその場にいたわけでもないし、全てを鵜呑みには出来ないと思っている。しかし病院に搬送された事は事実だと思うし、中には心肺停止だと言う人もいると聞く。校内での飲酒を禁止していないということは、逆に言うと許可していると言う事だし、学校長の会見もあったが、飲酒を正確ではないにしても、知らないわけがないだろうと思う。

 私は大学を経験していないが、大学に行った人の多くは先輩に飲まされて強くなって行くと言う話も聞くし、それが後輩にも伝統的に飲ませるというのは珍しい話ではないという印象である。

 ところで、このブログでもよく書いていますが、私はアルコールアレルギーです。でも元からそうだったわけではない。新入社員の頃は3時間にグラス1杯程度だけど、飲めていました。多分、うちの家系だと思うんですけど、父方も母方も祖父母の代まではほとんど飲めないんです。うちなんか飲まない家なので酒類のストックなんかないし、一度それを知らない人がお正月にビールをくれた事があって、お客さんが来た時に飲ませようと取っておいたら、お盆まで残っていて、ビール好きの叔父さんにあげた事があった。それくらい誰も飲まない。最近では嫁さんやお袋が少しだけ呑んでいるみたいだけど、それにしても年に数える程度しかない。

 私は20代の頃に気管支炎をして入院してから体質が変わり、アルコールが全くダメになった。
 しかし昔の職場は先輩が飲みに行くと言えば、断らないのが常識みたいな部分があって、そのかわり飲み代はほとんどおごってもらった。その頃は先輩がこれを飲めと言われたら飲むのが常識で、ウーロン茶だとかジュースなどということは失礼だった。元々あまり好きではなかったし、よく連れて行ってくれた先輩はあまり強要して来なかった。そんな場所で仕事の心得のような事を勉強したものだった。だからある意味では飲みに行くのが楽しみでもあったし、普段は無口な先輩から仕事の話を聞ける事が嬉しかった。

 でもたまには違う人と飲む事があり、中には「俺が注いだ酒が飲めないと言うのかっ」と言われ、一気を強要されたことが何回かあった。その時は先輩が「こいつは弱いから危ないぞ」と押さえてくれた。それにしてもお酒が弱いのは損をする事が多いと感じたものだった。

 しかし個人的に思う事だけど、タバコは凄く嫌われている。受動喫煙だのと言われ、自分一人で吸うだけでなく周りに迷惑かけるんだと言う事が常識になっており、喫煙所すらも少なくなってきている。百害あって一利無しと言われ、喫煙者は肩身が狭い事だと思う。多くの人がガンになりやすいと言っている。父方の祖父はヘビースモーカーで、大腸ガンで亡くなった。しかし母方の祖父は煙草やアルコールは一切やらなくても、私が小学生の頃に胃ガンで亡くなった。
 現在、喫煙率は少なくなっている。しかしガンの死亡率は下がっていないし、胃ガンはほぼ横ばいなのに対して、肺ガンの死亡者はかなりの勢いで伸びており、現在胃ガンを大きく引き離し、圧倒的な一位になっている。喫煙率が下がっているのに、肺ガンの死亡者はかなりのびている。これをタバコとの関係をどう説明するのだろうか? タバコ以外にも原因があると私は考えている。でもタバコの害はガンだけではない事は事実で、気管支の病気や美容に影響されたり、他にも色々ある。だから健康管理士としてはタバコを勧めることはしない。

 ただ私のような人間にはタバコよりもアルコールの方が質(たち)が悪い。私自身アレルギーだし、一緒に飲む人間の酒癖の悪さには手を焼く。しつこかったり、大声を出したり、足取りがおぼつかなくて倒れて来たり、挙げ句の果てに飲めだの食えだの歌えだのと、後輩からでもそう言われる。飲み会に行けば絡まれる事なんかしょっちゅうで、飲んだ人間は良いかも知れないが、飲めない私にとっては非常に苦痛である。
 また嫁さんの親戚は飲む人が多く、肝臓病で亡くなった人が3人ほどいる。アルコールが直接的なのかどうかは100%だと言える事ではないが、3人とも休肝日があるどころか、毎日朝から飲んでいる状態だった。

 タバコが嫌われてタバコ農家が困ったという話を聞くが、アルコールに関しての規制や減らそうと言うのは、私が知る限りタバコから見ると断然少ない。アルコール産業はかなり大きく、この世の中からアルコールがなくなると困る人が多いと思う。大きな経済が動いている。
 しかしアルコールが原因で、飲酒運転や今回のような事故は後を絶たない。遺族会まであるほどで、酒の強要を止めさせようと言う運動までしているところがある。
 タバコも受動喫煙になると言うが、アルコールだって他人に迷惑をかけるし、命に関わるほどの大きな事故が起きる。酒は飲んでも飲まれるな、酒は百薬の長と言う言葉があり、上手に使えばと言うのは認める。
 でもアルコールのせいで人格が変わり、犯罪を起こす例があるのは事実だ。事故があった時は飲ませた人にも罰則を作っているし、大きな事故は大きなニュースとなるが、小さな被害には酒のせいにしてほとんど何もない。

 お前は飲まないからわからないんだと言われるが、私個人的にはこんな危険で嫌なものはないと感じているし、もっと規制をかけるべきだと考える。

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2012年5月 9日 (水)

今のネクタイって

 そう言えば次男が高校に入学して一ヶ月が経ちました。
 少しずつ慣れて来たようで、遠くの学校までバスで登校しています。
 旭川の街中もずいぶんわかるようになって、私なんかしばらく街を歩いていないので、子供からどこに何があったとか言われてもわからない。

 ところで制服がブレザーなんですけど、長男の時はネクタイの結び方を教えてあげました。そこで長男が兄貴風を吹かして、今度は俺が教えてやると言っていたのですが、そこの学校のネクタイってすごいんですよ。
 ファスナーなんです。
 はぁ? ですよね。

 普通のネクタイだと、結んでからきゅっと締めますよね。長さのバランスが悪いと結び直したりなんかして・・・。でも文章で説明するのは難しいのですが、結び目をほどかないで、よくネクタイをゆるめる時に結び目を下に引っ張りますよね。そこがファスナーになっているんですよ。だから結び目をほどかないんですよね。
 ファスナー式で頭を通せるだけ広げて、首に回したらそれを締めるだけです。ほどく時は逆の作業でホント簡単です。

 ネクタイってしなれていないと、締め方や結び目の位置によって第一ボタンが見えていたり、バランスがおかしかったり、結び目の部分が左右どちらかに寄っていたりと、鏡を見たり手で触って調節して、意外と面倒なんですよね。

 これを見た時は少し抵抗がありましたが、便利と言えば便利だし、こう言うのもありかなと思いますね。

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2012年5月 8日 (火)

死に際を考える

 このブログでも健康だの老後だのと生意気にも書いていますけど、多くの方には反対される意見だったり、そんなに世の中は甘くないと言われる人もいると思います。
 ただそれは私とは価値観や考え方、環境が違うから、反対意見に対して喧嘩するつもりはありません。ただ一つの事例として読んでいただければ良いと思います。

 うちは今まで4世代や少なくても3世代で生活をしています。でもテレビや新聞などで介護の問題などをやっているけど、確かに私の曾祖母(ひいばあちゃん)の頃は、介護施設なんかなかったから、家族みんなで世話をした。特に寝たきりになった時、水が飲みたいとか背中や足をさすって欲しいと言う事を、たった10分の間に何度言われたかわからない。それが一日中続く。家族は正直疲れてくるものだ。しかし私は子供だったし、曾祖母にとって可愛い存在だったらしく、私を名指しで呼んでくる。子供はそう言う時って意外と素直なもので、嫌な顔をしないで水を飲ませたりしていたと母親が今でも言っている。だから曾祖母の死に水をとったのが私で、私の手を握りながら亡くなった。

 祖母の時代は介護施設があり、デイサービスなどを利用させてもらった。
 しかし寝たきりになると、こちらでは病気でもない限り、入院できると言うものではなかった。不思議なもので、そうなると曾祖母の時と同じように人とのコミュニケーションをやたらとりたがる。祖母も何度も何度も来てくれと言っていた。水が飲みたい、起き上がりたいなどと言うが、起き上がらせたと思ったら1分も経たないうちに寝かせてくれと言う。それで寝かせたから少しは落ち着くかと思ったが、また5分も経たないうちに呼ばれて、同じことを言われる。どうせまただろう・・と思って行かないでいると、大事にされていないとか、もう生きていたくないと言う。

 私が経験上感じているのが、年を取って少しでも動けるうちはまだ良いと思う。問題は寝たきりになった時に病気でもない限り、今の現状では入院は難しい。施設に預けると言う方法もあるが、現在はほとんどが順番待ちの状態で、すぐに入れる状況でもない。そこでずいぶん前からあらかじめ申し込んでおくと言う人が多い。
 それでも施設に入れる人はラッキーだと感じる。

 ただ冷静に考えて欲しいのが、もしも自分一人で結婚もしないで、子供もいないという状況では、死に際にどうするのだろうかと思う。孤独で誰も世話をしてくれる人がいない。それは元気なうちは実感がないと思う。
 さらに問題なのが、亡くなった時だ。
 以前も書いたけど、祖父の弟と言う人がいたけど、隣街の施設に入っていた。兄弟は亡くなっていたり、疎遠になってほとんど絶縁状態だった。うちは本家で、唯一うちだけが時々見舞いに行っていた。
 私の祖父は長男だった。死に際に「あいつの事だけが気がかりだ。お前たちに頼みたい。あいつがもしもの時はうちの墓に入れてやってくれ」と言って亡くなった。それからかなり経って、私の父はアルツハイマーになって、介護をされる立場になった。そんな時に祖父の弟さんが心臓病で倒れた。病院に搬送されたが、1週間ほどで亡くなった。
 施設で葬儀をあげることもできると言われたけど、祖父の遺言でもあり、私たちでやると言った。
 そこで通夜は翌日に決まったが、隣街だし、一晩は誰かがついていなければいけない。そこで私が一晩一緒に過ごした。通夜、葬式はうちの母と私とで関係者に連絡して、ささやかだったけど送ってあげることができた。
 私は子供の頃、よくかわいがってもらったのでおじさんが好きだった。だから嫌ではなかった。でも、冷静に考えると、見送ったのは甥の嫁さんとその息子と言う事になる。母はともかく、私の立場だと交流がなければ、通夜にすら行かなくてもいいケースだと思う。そんな遠い血縁の人たちに最後に世話になったと言う事になる。
 それでもこう言うケースはまだ幸せな方だと思う。

 しつこいけど、まだ動けるうちは良いのです。身内がいなければ孤独がどれほど心細く不安だといものが想像できないし、もしかしたら他人の世話になる事になるんです。

 結婚しない女性が増えているとテレビで言ってたり、男のパンツは洗わない、自分で洗えという考えの人がテレビに出てそう言っている。そう言う意見はそれで良いと思う。結婚するも、しないも、その人の価値観だし、自由に生きていくとか、自立をするんだと言うことはわかる。また将来どうするんだと言われても、その人は考えていると言っていた。
 でも人の死に際はわからないのだ。ろうそくの火が消えるように亡くなる人もいれば、祖父のようにガンで苦しんで痛い思いをして亡くなるかも知れない。また亡くなった後の自分はどうなるのかまで考えているのかと思う。

 誰にも迷惑かけないと言っても、かかるものなんです。それが少なくても私の知る限りの全ての人がそうなっているというのが現実です。私の叔母さんだって、息子や息子の嫁さんに気を使いたくないからと言って、一人暮らしをしていますが、この前も階段から落ちて動けなくなり、持っていた携帯電話で連絡を取れたと言います。その時もしも携帯を持っていなければ、家の造りから誰かが来ないとそのままのはずです。それから時々嫁さんが様子を見に行っている状況です。本人は大丈夫と思っていても、周りではそう思えないのです。
 孤独死だって、警察などを動かし、市町村や国の責任はどうなのかだと言わせ、そこの大家さんや近所に対する精神的な保証まで出来ている状態で亡くなっていくのだろうか?
 それでも事情があって結婚しないとか、一人になってしまったのならともかく、我慢する事もしないで一人で自由に行くと言うことは、私個人的には考えられないんです。

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2012年5月 7日 (月)

アレルギーと好き嫌いは違う

 ネットでこんな記事があった。
「肉アレルギーの加藤アナが、すき焼き店のロケ弁当を用意したADに激怒するなど、大人気ない一面もあります」

これに対しネット上では…
 贅沢言うな
 OLなのに芸能人きどり
 可愛いからいいじゃん
 加藤綾子さんの行いは全て正しいのです。
 アナウンサーってただの社員だろ。ロケ弁に切れるとかあるのか?
 平社員のくせに勘違い野郎だないい迷惑だな

後記事略

 フジテレビの加藤綾子アナウンサーに対する記事なんですけど、この記事の真相は本当に激怒したのかもわかりませんよね。
 以前、島田紳助さんの突然の引退会見をリアルタイムで見てました。確かに涙を拭いていましたが、ネットや新聞では「号泣」と書いてありました。私はしっかり見ていたけど、号泣と言う表現は間違っているし、あの涙の理由はインタビュー内で話していました。
 また去年の野田内閣発足に伴い経済産業大臣になった鉢呂吉雄議員の辞任にしても、騒がれてからですが、私もネットの動画でインタビューの一部始終を探して見たけど、個人的には「なんでそこに目を付けるのか?」と思った。大切なのはその後の計画ややるべきことなどを話していた部分に対して、良いとか悪いという議論ならわかる。
 記者は取材やインタービューから、ある部分だけを記事にする。それはその人それぞれに感じ取り方が違うから、これを書きたいと思うことがあるだろう。またそれを長々書いても、読む方だって大変だ。だからなるべく短くまとめて、特に見出しはインパクトを強く書いている事がほとんどだと感じる。

 話は少しそれましたが、今回言いたいことは、加藤アナウンサーが何を言ったかと言うことを書きたいわけではありません。
 健康管理士として、さらには私は強度のアルコールアレルギー持ちと言う立場から、説明をしておいた方が良いと思ったことがあります。

 加藤アナウンサーの肉アレルギーが本当であれば、これは大変なことです。
 「贅沢」だとか「好き嫌い」という次元ではありません。
 私事ですが、自分のアルコールアレルギーはホントヤバいです。全身が痒くなって、その後動けなくなって倒れます。中には飲めない方が良いですよと言ってくれる人もいますが、お菓子や料理などに使われているものですらダメなんです。ここまでひどいと好き嫌いではすまされません。
 私の場合は出来るだけ外食を避けていますし、洋菓子などをもらってもほとんど食べません。甘いものは大好きなんです。でもアルコールが入ってるかもと考えると、怖くて食べられません。成分表を注意深く読んで、判断しないとダメです。一番困るのが仕事などの休憩にもらうお菓子などで、断っても「いいから食べろ」としつこい時です。そう言う時は事情を話しています。
 でも忘年会や歓送迎会などの時は肝機能を活発にする解毒作用が強いサプリメントを持っていきます。ヤバいと思った時に飲めばなんとかなるもので、副作用はないんですけど、出来れば使いたくないです。
 病気になった時もアルコールで消毒してから注射をされますけど、注射ぐらいなら痒くなる程度で大丈夫ですけど、点滴を受ける時はアルコールで押さえられるのはダメです。笑い話のようですけど、点滴を受けていて、さらに具合が悪くなり、解毒の治療をされたことがありました。

 最近は色々なアレルギーがありますね。この前も有名な石けんで問題になった人が沢山いて、裁判にもなっていますよね。北海道でもそのせいで大好きな麺類が食べられなくなったという取材映像がありました。
 アレルギーというつらさは、当事者じゃないとわかりませんし、物によっては呼吸困難などで命の危険を伴うケースだってあります。
 それを好き嫌いだと言う言葉で片付けられないんだと言う事をわかって欲しいと思います。


前の記事ですけど、ご参考に・・・

もうほとぼりが冷めたか?
http://asahikawa-kenkou.cocolog-nifty.com/kenkoujouhou/2011/10/post-213f.html
アルコールアレルギー
http://asahikawa-kenkou.cocolog-nifty.com/kenkoujouhou/2007/02/post_2935.html

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2012年5月 6日 (日)

泊村原発が止まりました

 前に原発の件は2度ほど書きました。それは最後に紹介しておきますので、参考にして下さい。
 あれを書いてからも、色々な情報を見たり聞いたりしているので、考え方が変わっていることもありますけどね。

 ところでニュース速報でも泊原発が停止したと言うテロップが流れました。その泊原発なんですけど、北海道の電力消費量の約4割を供給しているほどの発電所で、今回の停止に伴い、今後どうなるのかなと言う不安があります。元々私は原発に反対だったんですけど、これだけ依存していたら、心配にもなりますよね。

 どうでもいい話かも知れませんが、私が好きなゲームの一つにシムシティと言う街を作るゲームがあります。まずは発電所を作ってから街を作り始めます。この発電所も何種類かあって、安いものはその分何カ所か建てないといけないけど、原子力発電所は出費は大きいですけど、かなりの電力をまかなえますし、収入を増やして行くゲームなので、人口や商業、工業などを発展させ、現実で言うところの税金を納めてもらい、街をどんどん大きくしていくと言うものです。
 ただゲームを進めていくと、住民が増え、交通量が増えることで渋滞が発生し苦情が出て道路を拡張したり、公害が起きるので公園などの緑を増やしたり、警察署や消防署、病院を増やしたり、産業発展のために空港や港を建設したり、図書館や学校、野球場などの施設を求められることもあります。
 ただこれはあくまでもゲームのことで、遊びと現実を一緒に考えるなと言う意見もあるでしょう。
 しかしゲームのこととは言え、困るのがお金が足りなくなることなんです。
 だから人口や産業などを増やして収入を増やして行かないといけません。

 話を戻しますが、北海道の泊村というところは、発電所の固定資産税や国の電源開発交付金などで、北海道内の市町村で唯一、地方交付税を受け取っていないところだと言います。
 確かに意外と道路もしっかりしているし、景色がきれいでした。後から調べてみたんですけど、基幹産業は漁業と観光だそうです。

 北海道では他にも違う意味で変わってきた村があります。留寿都(るすつ)村と言うところで、ここは以前はそれほど有名ではないスキー場があったんですけど、そこを北海道の観光会社が買い取って、夏は遊園地として、冬はスキー場として営業を始めました。営業収益があがり、土地を広げてゴルフ場を作ったり、さらには道路をはさんだ向かい側の土地を買い、元のスキー場よりもはるかに大きなスキー場を作りました。
 施設の中には、他にもいろいろな施設があり、今ではアンチエイジングの温泉などもあります。そうなると家族で行っても退屈しないわけですよね。またその施設だけでお金を使うわけではないですから、地域も潤います。
 しかし何と言っても多くの税金が村に納められているわけです。だから最初の頃は「こんな田舎に?」と思いましたが、今では道路も良くなって、たくさんの飲食店が出来たり、昔はみそまんじゅう本舗梅屋というお店の「みそまんじゅう」が大好きで、それだけが目的でドライブに行っていたんですけど、今ではそこのお店もすごく綺麗になりました。街が活き活きしているように見えます。

 今回泊村の原発が停止して、このままいくと夏では電力不足が懸念され、節電を呼びかけていますね。
 札幌では原発反対の抗議デモで街を歩いている映像が映っています。
 しかし、泊村の住民のインタビューの中には、原発で潤っている街だから、止まると困ると言う声もあります。実際に泊村の収益の約7割が原発によるものなので、これがなくなると言うことは大きな大きな収入源がなくなることになります。村や住民にとっては大変なことですよね。

 でも原発は危ないんですよ。
 例えばですけど、原発のように一カ所で大きな電力を作ろうと考えないで、粗末で良いから小さな小規模の発電施設をたくさん作るという発想はどうなんでしょうか? 例えば旭川は川が多いので川の流れを利用するとか、ようは発電するためのタービンを回すことに水の流れを利用して、小さな発電施設をたくさん作るという意味なんですけどね。それって、地域によって特徴があるから、いろいろ考えられそうですよね。そんなに甘いものではないかも知れませんけど、でも何か考えないとまずいですよね。反対だけは誰でも出来るんです。でも反対するには「じゃあどうするんだ」というものが必要です。

 また地熱だとか、ソーラー発電など他にもいろいろ研究されています。現実的かどうか、また即戦力になるのか、もう少し時間がかかるのか、いろいろありますけど、一つの考え方だけではなくて、みんなで知恵を出し合えばきっと良い方法があるような気がします。人の意見を自分なりに考えて膨らませたり、それならオレはこうすると発想したり、・・・。100人いれば100通りの考えと言いますからね。


 以下は関連するバックナンバーです。
Google Maps Nighttime!
http://asahikawa-kenkou.cocolog-nifty.com/kenkoujouhou/2011/10/google-maps-nig.html

転んでも起き上がれば・・・
http://asahikawa-kenkou.cocolog-nifty.com/kenkoujouhou/2012/03/post-18a7.html

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2012年5月 5日 (土)

それはマズいでしょう

 昨日コンビニに行きました。
 そこのコンビニは旭山動物園に向かう道路にあり、けっこうお客さんが入っていた。
 そこで女性の2人組が、雑誌を開いて記事の内容を写メで撮っていました。
 悪いことだとわかっているんでしょうか? それともそんなことはわからないんでしょうかね?
 これって犯罪です。
 形のあるものを盗むことだけが悪いわけではない。雑誌の内容を写メで撮っていくことだって悪いです。

 でもコンビニでバイトしている友達に聞くと、そういう人なんかたくさんいると言います。
 中には競馬新聞をコピーして行く人までいたそうです。注意すると「コピーするのにお金払っているんだ。何が悪いんだ。ごちゃごちゃうるせぇー!」と怒られたそうで、オーナーが直接注意しても毎週来るので、警察にお願いしたそうです。しかし今度はその腹いせなのか、嫌がらせをされるようになったと言います。
 それにしても子供じゃないんだから、そんな大人が何を後輩や子供たちに教育できるんでしょうね。ひどい話だと思います。

 人間は大人になるとどんどん態度が大きくなって、若い人や立場の弱い人を見下したり、お客さんの立場になるとお金を払っていると言うことで、何をしても良いみたいな人も多いです。私もよく経験しました。以前もこのブログで書いた「お客さんとけんかしても勝てない」と内容の人が多い。
 でも職員だって店員だって24時間それをやっているわけではない。勤務時間が終われば、普通の人になる。その中には家族や友達がいて、仕事での愚痴などをこぼすケースもあるだろう。
 私はそう言う時に文句を言われるような客にはなりたくない。
 悪いことは悪いで意見することもあるけど、こびを売るほどではないにしても、気持ち良く、良いお客さんだった、また来て欲しいと思われるようになりたいと思う。

 基本的に私は行く店をだいたい決めている。また職員や店員も決めている店がある。あらかじめ電話をして伺う時間を約束したりすることもあるし、その人が市内で転勤しても追いかけて行く。そんな中には個人的に付き合うようになった人も何人かいる。そうなると、営業時間が終わっていても相談することもある。向こうにしては迷惑かも知れない。
 でも逆もある。私の仕事で役に立つことであれば、メールや電話で話すこともあります。持ちつ持たれつです。

 私の考えは正しくないかも知れないけど、色々な人がいるんだから、こういう人がいても不思議じゃないと思うんですけどね。


お客さんとけんかしても勝てない
http://asahikawa-kenkou.cocolog-nifty.com/kenkoujouhou/2011/12/post-3ad4.html

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2012年5月 4日 (金)

納得できないCM

 ダイエットは多くの人が望んでいることですね。
 でも本当に重要なことは心臓などに影響を与えることかと思います。高血圧や高コレスレロールにも注意しないといけないですよね。でも私も一時期20kgぐらい太った時期がありましたが、元々低血圧で問題なかったし、コレステロールの値も悪くなかったので、肥満が一番の原因とは言えないと思います。
 以前も書きましたが、コレステロールは善玉と悪玉との割合が一番の問題なんです。190代で亡くなった事例や脳血管疾患になった人がいます。
 でも、お腹が出ると腰痛が問題になると言われてますね。重心と言うか、前に引っ張られるようになるので、腰に負担が来るようです。
 また運動不足にもなりやすいですし、代謝も悪くなっているのかも知れません。

 それにしてもダイエット関連の広告やCMはたくさんありますよね。
 効くと言う表現は引っかかるので、多くの場合、体験談と言う形で表現されています。
 ところで「個人差があります」という表現ですけど、本当はそういう風に書かないといけないらしく、そう言うと、どんなに立派なことを言っても、結果が出なければ個人差のせいだと言うことになりますよね。良心的な会社は○%という言い方をしています。ある発毛の会社がそうですよね。

 でも昨日見たCMに疑問を感じる表現がありました。大ベテランの有名な方がデビュー当時から体型が変わっていないらしく、それがこの商品だと言うんですけど、会社を調べてみたら、そんなに歴史がないんですよね。これって訴えられないんでしょうかね? 明らかにウソですよね。

 有名人がコマーシャルで言っているからと言って、その人が使っているとは限らないんですよ。あくまでも仕事ですからね。中にはスポンサーからもらったりすることもあるかも知れませんけど。
 特に歌手や女優さんは色々と工夫されている方が多く、運動したり、エステなどに通っている方が多いようです。メイクや一つのダイエット食品がすべてではないと思います。
 体質によって合う合わないがあるかも知れませんが、それ以上に生活習慣を見直さないと、小手先だけでは難しいんじゃないでしょうかね?

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2012年5月 3日 (木)

遊園地の思い出

 突然、思い出しました。
 先に言いますけど、私はジェットコースターが大の苦手です。
 雑誌やテレビなどを見ている限り、落ちるわけがないんだからどこが怖いんだろうと思っていた。

 そこで初めて乗ったのが、高校生の時に修学旅行で行った後楽園遊園地でした。
 今でもあるんでしょうかね? ループザループ。
 持っていたカメラで途中の様子や隣に乗った友達の顔を写してやるよぐらいの大口を叩いていた。
 しかしカメラは置いて行って下さいと言われた。

 なぁんだ、とか思っているうちに、そう言えば動いていないか? と思った瞬間、何がどうなっているのかわからなくて、とにかく恐ろしかった。「はぁ、止まったぁ」と思っていたら、今度は後ろに向かって動き出し、今来たコースを後ろ向きのまま戻る。
 ループザループは短いコースだし、時間にしてはそんなに長くはなかったはずだけど、こんな恐ろしいものによく乗る人がいるものだと思った。

 それ以来、絶叫系は乗らないつもりでいた。そんな私が兄弟会社に勤務している先輩を訪ねて行ったことがあった。そこは北海道でも大きな遊園地を所有していて、先輩はお前に見せたいと言って、新しい遊具を見せてもらうことになった。それは導入したばかりで、一週間後に営業を始める予定だと言うフライグカーペットだった。
 私、こう言うの苦手なんですよねと言うと、そう言う人はまずシートの座り心地やポジションなどの不満を言う人がいるから、まだ営業前だし、意見を聞いてみたいから、座ってみてくれと言う。
座って見ると、先輩から「どうだぁ?」と言われたので、「大丈夫ですよ」と答えた。安全装置も苦しくないか試してみたいからと言って、バーが降りて来た。「そんなにきつくないですよ」と言うと、ちょっと動かすからと言って、機械が動き始めた。

 死ぬかと思った。

 先輩からどうだった? と言われた時、周りの部下の人たちもこちらを注目していたので、ハメましたねとは雰囲気的に言えなくて、「なかなか面白いものだと思います」と言ってしまった。2時間ぐらい具合悪かった。

 ゴールデンウィークですから、遊園地で楽しんでいる方も多いんでしょうね。
 絶叫系を否定はしませんけど、ヤッパ、遊園地はロマンティックな観覧車が一番ですよ!

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2012年5月 2日 (水)

自分のうしろ姿は自分じゃみえねんだなあ

 この言葉は相田みつをさんの言葉です。最近、この言葉の意味がなんとなくわかってきました。
 これって日本語で表現されているし、難しい漢字もないから、ほとんどの人が読めると思うんですよね。それに簡単な言葉ですから、意味もわかると思う。ただ捻くれた考えをすると「当たり前だろう」とか「鏡を使えば見えるだろう」という発想を抱く人もいるかも知れません。まぁ、極論と言えば極論かも知れないです。
 でも簡単な言葉ですけど、ものすごい深い言葉だと感じます。

 昔、仕事が上手くいって調子に乗っていた時期があり、その頃は周りが見えなかったんです。そんな時にある人が、大きく分けると「自分も他人も知っていること」「自分はわかっているけど、他人は知らないこと」「他人はわかっているのに、自分は知らないこと」「自分も他人も知らないこと」の4パターンがあるけど、その中でお前の知識や成果ってどこにある? って言われました。もしもそのことが知らない人にとって必要な情報だったり、世の中のためになることだとしたら、自分だけがわかっていることだと自慢したって、世の中は全く変わらない。それをシフトさせる努力をしないと、その成果は何の役にも立たない、井の中の蛙だと言われました。

 また井の中の蛙には情報が入ってこない。そこが世界のすべてだと感じている。でも世の中にはいろいろなことがある。生活習慣の違いや仕事や趣味に精通している人は、外から見ている人より考え方が違う。その中にはどうでもいいこともあるけど、中には活かせることが多いものである。

 先の4つの事例で、自分も他人も知らないことは、ある意味どうしようもない。
 でも、どうしても人には見えているのに、自分の身近にあることが見えなかったり、見ることが出来ないものは必ずある。そんな時に一人の意見で動くのは危ない時がある。

 実は最近、ちょっと考える出来事があって、思い出した話でした。
 今回も固い話ですみません。

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2012年5月 1日 (火)

それって常識だろう & 早くしろ!

 よく言われる言葉です。
 私なんか、何度も言われているし、わからないことは教えてもらえば良いと思うことが多いので、最近は大人になったせいか、喧嘩を売ることはしなくなった。仕事は盗むものだとも言いますが、時と場合です。
 でも常識ってなんなんですかね?
 その人にとっては当たり前のことかも知れないけど、別の考え方をしている人の方がたくさんいるんじゃないかなと思う。
 だって家庭の中ですら、そうです。
 親父やお袋世代の考え方や生活サイクルと私たちでは全然違うし、さらに子供たちとも違う。

 うちの方は田舎で各家庭とも高齢化している。町内でもまだ農家を続けている人がいて、私の親の世代は隣近所や家族でも手伝うのが当たり前だと言う考えを持っている。と言うことは、大体同じ時期に同じ作業をして、同じ時間に家にいると言う感覚である。
 でも私なんかはカレンダー通りではないし、昼間抜けられないから用事をすませるには夕方から夜になる。そうなると親が「夜は家にいるのが常識だ」と言っていたけど、それでは買い物や用事をすませるには休日にしか行けないことになる。私は時間を有効に使いたいと持っているから、夜は絶対家にいるものだと言う常識がなくなっている。多くの人がそう変わっているのではないのだろうか? その証拠にコンビニエンスストアーが24時間営業している。夜中に出歩くことが非常識なら、営業する必要がない。でも今の世の中は午後から夜遅くまでとか、夜から朝にかけて仕事をする業種もかなり多い。だからニーズがあるのだ。

 私事ではあるが、今の職場は土日は休めるけど、その前の職場は高卒から30才過ぎまで、正月は休んだことがあまりない。入社して正月に休めたのは9年後だった。休日は週休二日の割合だけど、それでは曜日によって仕事量が違うので、不公平をなくすために上手に勤務サイクルを考えられていた。それが年中続くと言う感じで、そのサイクルにぶつかれば正月でも土日でも休めた。でも有給休暇があるし、冠婚葬祭などの特別休暇もあるので、それほど不便を感じていない。
 就職した最初の頃は、週休二日の割合で休める私に対して、両親は毎日田んぼや畑に出ていたので、特に親父は僻んでいた。しかし私には天気は関係ない。雨が降っていても、暑い日でも、どんなに冷え込んでも仕事に行く。しかし農家は多少時間をずらしたり、時には何もしない方が良い日もある。さらに忙しい時期は有給休暇を取ってまで田植えや稲刈りをするのが当たり前だと言われていた。
 しかし親父の考えが多少変わったのが、正月勤務だった。この辺の農家は冬になると極端に作業が少なくなる。夏に働いた分、十分な休息を取れる。さらには我が家は本家なので、正月には親戚が集まる。こう言うと失礼かも知れないが、正月勤務の私にはそんなことにかまっていられないし、疲れて帰ってくるので、毎日同じペースで仕事をして、同じように休息を取りたいと思う。正月が特別だと言うのはわかるが、仕事のある人間には周りが騒いでいるだけと言う感覚になっていた。それでも挨拶ぐらいは行かないとまずいかなと思って、仕事が終わってから出かけた。またお盆も休日がぶつかれば休めるが、そうでなければ仕事である。お墓参りなどは、休日に行くか、朝早くに行くかである。今時期のゴールデンウィークだって関係ない。
 しかしそれを嫌だと思ったことは一度もない。その仕事が好きで入社したし、長期休暇で人に任せるのが嫌な性格なので、全然苦にならなかった。むしろ人が混んでいない時に休める方がありがたい場合がある。ただ子供には可哀想な思いをさせたかも知れない。

 話は変わるが、最近仕事でも先輩から「それって常識だろう」と言われたことがあった。現在の職場経験はまだ浅いため、作業を覚えた程度で何が常識で何が悪いのかがわからない部分がある。強く言われたって、なぜ言われるのかがわかっていない。知っている人には常識でも、知らない人間には常識も何もないのだ。とは言っても、上下関係があるし、あまり争いごとが嫌いなので、よくあることだと割り切って、どういうことなのかを教えて下さいと頭を下げた。

 でもこういう仕組みって多いけど、実は先輩の方が悪いと、私は思う。私も先輩後輩を経験しているけど、後輩は知らないと言うことが当たり前で、作業だけでなく、以前もこのブログで書いたけど、将来的な目標に向けての理論や理屈をしっかり伝えておかないと、なぜこう言うことをしないといけないのかがわからないし、もしも予期せぬトラブルが出た時に解決策が見つかりにくい。しかし理屈や理論、経験談を教えておくと、トラブルに強い後輩が育ってくれる。また「知らなければ聞け」とも言うが、経験の浅い人は何を聞いて良いかすらもわからないものだ。

 これは子育てにも言えることだと思う。私は子供に対して、早くしろとは一度も言ったことがない。子供にも後輩にもゆっくりで良いとか、丁寧にしておいてと言うことが多い。時には急いで欲しいこともあるが、そう言う時は時間や日にちなどの期限と理由を伝える。その範囲内で終わらせてくれれば良いことだ。
 子育てにしても、後輩を育てることにしても、大切なのは相手が出来なくて当たり前、出来ればよくやったと思うことかなと思う。さらには出来るように伝えて行くことが、出来る人間の使命だと思う。上司が言っていたことだが、こんなことぐらいわかっているだろうと思うなと言われた。あながち間違ってはいないと思う。
 私の考えでは、普通の人間が1分1秒を争うことって、一生のうちにそんなにあることではないと思う。でも世の中には早くしろと子供や後輩に言っているケースが多い。そんなに急がせてまで、余った時間でどれほど重要なことをしなければいけないのかと思う。効率良くやることは大切だが、無理に急ぐこととは違う。
 例えば車に乗っていても猛スピードで追い抜く人もいるが、意外と信号で並んだりするものだ。ずいぶん昔に聞いた話では、旭川と札幌の間で同じ道路で急いだ人と、普通に走った場合とでは、思ったほどの大きな差がなかったと言われていた。確かにそう思う。危険をおかしてまで早く着いたとしても、その後びっしり予定がないのなら、バカバカしいと思う。

 サボるとか手を抜くと言う意味ではない。でも自分がもっと余裕を持って、もう少し気長に考えた方が良いと思うことが多いと感じる。
 私は本当は短気でせっかちなんですけど、仕事柄鍛えられました。
 長くなりました。
 話下手ですみません。

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