2012年7月 5日 (木)

フォアグラ禁止

 アメリカのカリフォルニア州でフォアグラ禁止法施行が行われた。
 フォアグラは世界三大珍味として有名な食材ですよね。ガチョウや鴨などに必要以上にエサを与えることにより、脂肪肝を人工的に作り出したものなんですけど、今回なぜ禁止になったのかと言うと、フォアグラの作り方が問題だったという事なんですね。私もフォアグラを作るビデオを見た時は可哀想で見てられませんでした。
 内容はあえて言いませんので、興味のある方はネットに転がっていると思います。それを見ると動物愛護協会の言い分もわかるんですよね。

 美味しい物を食べたいと言う考えや気持ちも理解できます。それに伴って、食材を提供する人や調理する人は日々精進して、少しでもと思って頑張っているんだと思います。
 そこの狭間に起きている悲惨な現状があると言う事は事実なんです。

 私の祖母の実家が養鶏場をやっていて、子供の頃はおじさんが年末になると羽を抜いた鳥を目の前で切り開いて、お正月のためのトリ料理を作ってくれていた。
 また学校や職場などでもと殺場などの見学があり、その時は見ていられなかった。
 でもそうしてくれる人がいることで、肉を食べる事が出来る。

 生きて行くためには塩のような自然の恵み以外はほとんど命を頂いています。これはある意味、生きて行くための宿命だと思います。
 それにしても美味しいものを追求して行くのはいいのですが、過剰すぎるケースも見られますよね。さらにはそれに順位をつける。それは命に順位をつけている事になると、私は思うんですよね。

 今日食べる物があって食べる事が出来れば、それだけで多くの人に、また私のために命を捧げてくれた食材達に感謝です。


2012年4月12日 (木)いただきます!
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2012年4月12日 (木)

いただきます!

 我が家ではご飯を食べる前、家族みんなで『いただきます』と手を合わせる。
 こんなことを書くと笑われるかも知れないし、子供っぽいと言われるかも知れない。
 でも私が物心がついた頃はもうやっていたので、それが習慣になっている。

 ある時、何だったか忘れたんだけど、子供に対して学校の給食時に『いただきます』なんか言う必要がないと言う親がいたと聞いた。給食は作ってもらうのが当たり前で、またお金を払っているんだから、食べるのが当然の権利だと言う理由だそうだ。

 しかし、これを読んでどう感じてくれるでしょうか?
 物を食べられると言うことは作ってくれる人に対して感謝をすると言う意味もあるが、それ以上に自分が生きていくためには他の生物の命を頂くと言うことになる。

 高校時代にと殺場を見学したことがあったが、確かに家畜などのと殺行為は私は見ていられないほどつらく感じた。特に牛や豚などの大きな動物ほど、こんなことまでして食べさせてもらっていたんだと思った。
 授業では生きているニワトリの首の頸動脈を切り、羽を抜いて肉や皮を取るという授業があった。今はそんなことはしていないそうである。

 ある動物愛護団体が特定の動物、例えばほ乳類の家畜を食べることに対して反対している団体がある。
 その団体の広報誌を読んだことがあるが、肉や魚を食べなくても野菜や果物で美味しい料理が出来ると言うレシピが連載されていた。

 しかし私個人的にはこれが生きていくための宿命で、どんな動物でも命を頂くことになっている。動物ならダメと言っても、植物も同じ命だと感じる。ましてや植物の多くは食べられるために栽培され、子孫を残す前に命を失うものが多い。ただ感情があるかないかという理由もわからなくもない。

 そんな中で近いうちに出版される本があって、それにはどこの店が美味しいかと言うことが書かれている。北海道内でも北海道版が出るらしく、テレビの情報番組で実際にその店に行って取材したりしている。
 私はどちらかというと食べ物にはあまりこだわりがない。私だって普通の人間なので好きなものがあるし、美味しいとか、あまり口に合わないと感じることがある。あまり外食もしないけど、たまに食べにいくこともある。だから食通の人が美味しいものを探したり、行きつけのお店を作ることに対しては、否定するつもりはない。どうせ食べるのなら美味しいものを食べたいと思うのは当然だと思う。また料理人が食材を上手に生かしたり、それが口に合う人もいれば、そうでない人もいる。
 でも亡くなった命に対して順番をつけると言うことに、少しだけさみしく感じる。亡くなった家畜や魚、農作物が順番をつけられたら、仮に感情があればどう思うだろうかと思う。私はアレルギー以外、食べれるものは美味しいとかまずいと思っても、食べれるものは食べている。

 せっかくの命を頂くことに対して、感謝したいと思っているし、無駄にしたくないと思っている。
 私が食べる前に『いただきます』と言う意味は、私のために亡くなった命に対してのことで、感謝の意味を込めて手を合わせている。
 今回は重い話ですみません。

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